刻まれた証

□19.感情
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気付いていなかった訳ではない

だがそんなモノ、時が過ぎれば消え去ってしまうはずだと、気付かぬ振りで目を逸らしてきた

だからどうか、知らないままで


19.感情


(バレてないとでも思うとるんか? あの跡部をして「氷帝の天才」、「氷帝一の曲者」と称されたこの俺が、気付かんはずがないやろ?)

 最近、跡部、ジロー、宍戸の三人はやけに仲がいい。昔馴染みだということを考慮すれば何ら不思議なことではないのだが、今までの三人――取り分け跡部と宍戸の二人――はどこか殺伐としていて、互いのことには我関せずと言った雰囲気だった。
 それなのに、現状はその印象とは違い、この三人が時折何かこそこそと話し合っているのをよく見掛ける。大したことではないだろうと気にしていなかったが、どうやらそれは間違いだったらしい。

「じゃあ宍戸はあの後悠輝くんに会ったのかよー! 俺にも教えてくれれば良かったのにー!」
「馬鹿野郎! ジロー声がデカい……!」

 あいつらの様子が変わったのは、あの男が学校に来なくなってからだ。未だに謎だらけな例の転校生。一時的ではあったが、あの優里亜の信じられない豹変振り。その事情を知っていそうな三人。叩けば色々出てきそうだ。

「あいつの去り際の言葉が気に掛かってたんだ。初めは、この姿で会うまでにって意味かと思ってたんだけどよ……」
「ジロー、不本意だがお前はあいつと仲が良かっただろ。何か聞いてねぇのか?」
「何も聞いてねぇって……悠輝くん、どうして何も言ってくれなかったんだよー……」

(やっぱりあの三人、何か知っとるようやな……)

 三人は間違いなく俺の知らない桐生を知っている。確かに今までは面倒事に巻き込まれないように傍観を決め込んできたが、今の状態で手を拱いている程に無関心でもいられない。

「ここにおったんか跡部。監督が呼んどったで」
「監督が? 分かった」

 俺が現れたことに一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにいつものポーカーフェイスで何事もなかったかのように受け答えをする跡部。やはりこの中で手強いのは跡部だけだろう。残った二人からどれだけ収穫が得られるか楽しみだ。

(タイミングよう跡部だけ呼び出してくれた監督には全く感謝やな……)

「さっきからこそこそと何話しとるん?」
「別に……大した事じゃねぇよ」
「まぁええわ。それより、最近桐生の奴来てへんな。どないしたんやろなあ?」
「そんなの俺が知りてぇC」

 珍しく不機嫌そうな顔を見せるジロー。一番仲が良かったはずのジローでさえ不在の理由を知らないとは、桐生も相当用心深いらしい。しかし先程の様子からして少なくとも宍戸は桐生が来なくなる兆候を見ていたはずだ。

「もう来えへんつもりなんやろか?」
「だから俺達は知らねぇって」

 二人揃って早くあっちへ行けと言わんばかりにおざなりの返事を返してくる。思ったよりも頑なだ。

(けどな、自分らはもう少し、自分が如何にお人好しな性格をしとるか自覚した方がええで)

「なあ……俺な、桐生に謝りたいんや。ホンマは優里亜の方が悪いんやないか? 桐生は優しいから、優里亜を庇っとるんとちゃうん?」

 二人が顔を見合わせた。この際桐生が悪いか優里亜が悪いかはどうでも良かった。俺はただ真実を知りたい。桐生の隠していること、背負っているもの、目的。何でも良いから、とにかくあの男に関する情報が欲しかった。友人を利用するような真似をしている事について悪いと思う感情以上に、自分の好奇心が勝っている。

「……忍足、お前本当にそう思ってんのか?」
「前に、信じるんは自分の目で見た真実だけやって言うたやろ? あれはどう見ても優里亜の自演や」
「そう、だったな……。何つーか、疑って悪かった」
「気にせんでええよ。それより……あ、言えへんのやったら言わんでええけどな、桐生はホンマにただの中学生なんか?」

 二人が再び顔を見合わせてから、宍戸が申し訳程度に「中学生ではないな」と言った。まあ体格からしても中学生にしては出来上がり過ぎているし、今更驚くことではないか。だが、だとすれば桐生がわざわざこの氷帝学園に来た理由が必ずあるはずだ。

「それからあの日、桐生が妙な技使うたやん。あれ、何やろな? ラケット破壊なんてありえんやろ。あぁ、二人は見てへんかったっけ? 凄かったでぇ」
「あー、跡部がレンキンジュツ、とか何とか言ってたっけ? なー、宍戸」
「……ああ、そうだな」

 錬金術か。聞いたことがある。アメストリスではかなり発達している科学技術だ。近年は日本でも研究が進んでいるようだが、まだまだアメストリスに追いつくことは難しいだろう。そもそも日本での認知度がまだそれ程高くない。実際ジローも知らなかったらしい。錬金術が広く一般に普及しないのは、理論が難しい上に使用には才能などの問題も関わり、使える人間が限られているからだとか。
 そんなことを考えつつも俺は決して見逃さなかった。ジローの発言を聞いた瞬間、僅かに揺らいだ宍戸の瞳を。

「桐生が休んどる理由が分かったら俺にも教えたってな。ほな、俺はそろそろ戻るわ」

 俺は気分上々で二人から離れて練習に戻った。キーワードは錬金術。調べる価値は十分ありそうだ。どんな事実が出て来るか今から楽しみでしょうがない。

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