刻まれた証

□20.復讐
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復讐かそうでないか、そんな事はもうどうでも良い

自分の思った通りに生きてやるさ

これが俺には似合っている

正義と言う名の復讐が


20.復讐


 いつの間にか中央に異動になっていた大佐に不本意ながら呼び寄せられ、こうしてユーキを待つ羽目になった。どうやら日本から一時的に帰って来ているらしい。
 本当なら軍から離れた場所で会いたかったが、ここがアイツの本拠地なのだから仕方がない。俺とアルは広い部屋で手持無沙汰のままユーキを待ち続けた。

「にしても遅ぇな、ユーキの奴」
「帰って来たばかりで立て込んでるんだよ、きっと」

 大佐にここに居ろと言われてからかれこれ30分以上経っている。短気な俺は徐々に苛立ちを募らせていく。アルに窘められたことで逆に苛立ちが増した俺は、とうとうじっと座っているのに耐えられなくなり勢い良く立ち上がってやった。とは言え立ち上がってその後どうすると言う訳でもないのだが。しかし、俺が立ち上がったその瞬間、計算しているのかと思うようなタイミングで執務室の扉が開いた。そこに立つ人物は立っている俺を見て若干不思議そうな顔を見せたが、すぐに軍人らしく表情を真剣なものに戻した。それを合図に俺も再び腰を下ろす。

「遅くなって悪かったな」

 今日は僅かに汗ばむ陽気だった。ユーキは部屋に入るや否や、あの堅苦しい青い軍服の上着を俺の向かいのソファーに向かって脱ぎ捨て、そのまま無遠慮に腰掛けた。見掛けによらず生真面目なユーキは、普段どんな相手にもだらしない姿は見せず礼節を欠くこともない。そんな男が俺達だけには砕けた態度で接してくることが嬉しくもある。

「いや、忙しいんだろ。気にするな」

 脱ぎ捨てられた軍服に目をやれば肩の部分には階級章である星が光っている。これがある限りユーキは千、いや万単位の軍人をも指揮することができる。逆に言えばそれだけの数の人の命を背負っているとも言えるのだ。
 果てしない程の責任の重さに目眩がしそうだった。軍服を脱いだその姿はどこにでもいる青年と何も変わらないと言うのに。

「そう言えばこの間、お前らの幼馴染のウィンリィって子に会った。良い子じゃないか。大事にしてやれよ」

 ウィンリィの奴、セントラルに居たのか。あいつのことだからどうせ機械鎧を見せてくれとでも言ったに違いない。女子供に甘いユーキが、目を輝かせるウィンリィに断り切れず腕を差し出している光景が目に浮かぶ。
 そんなことをぼんやり考えていたら、ふっとユーキの目つきが変わった。あれは軍人を、部下を見る時の目だ。

「そろそろ本題に移ろうか。この数ヶ月、一体何があったのか話せ。エドワード・エルリック」

 ユーキには何を隠しても意味がない。きっと俺が話すことくらい全て知っているはずなのだから。
 俺はホムンクルスであるグリードと戦ったことや、師匠に聞いたホムンクルスの造られ方、そしてマーテルが語ったイシュヴァールの内乱の真実を話した。

「そうか、大変だったな……。それで、そのダンテと言う老女は殺されていたんだな?」
「あぁ。グリードにな」

 そして俺はそのホムンクルスをこの右手で殺してしまった。いくらグリードが人間でないとは言え、俺が殺したと言う事実に変わりはない。恐らく一生忘れはしない出来事だ。

「話は大体分かった。報告ご苦労」
「ユーキ……お前、ホムンクルスの存在を知っていただろ」
「……何故そう思う」
「グリードが最期に言っていた。ホムンクルスを倒せと。それから、ユーキ、お前に……気をつけろと。目を離すな、とも言っていた」

 面識があったかは分からないが、グリードは少なくともユーキの存在を知っていた。多かれ少なかれ繋がりがあるのは間違いない。じっとユーキを見て表情を窺ってみてもその感情は読み取れなかった。こんなことを思いたくはないが、今の俺にはユーキが分からない。そのまま暫く無言で問い詰めてみたが、やはり望む答えは返って来なかった。

 そうだ、あの街であった黒い男のことも言うべきだろうか。言えば流石にユーキも何かを話さざるを得ないのではないだろうか。何か俺に答えを、いやヒントだけでもくれるんじゃないかと期待してしまう。だけど俺は結局あの不審な男のことを話すことができなかった。話せば俺達の関係が変わってしまう予感があったからだ。

 そもそも自分がどんな返答を望んでいるのかも分からなかった。ホムンクルスと何か繋がりがあることを肯定されれば、俺は何故だと問い詰めるはずだ。しかし、そんな事はないと否定されてしまえば、どうして嘘を吐くとやはり問い詰めてしまうだろう。

 俺が苦い顔をしているのを見たからか、悠輝は閉ざしていた口をゆっくりと開いた。

「気負うなよエド。グリードは自ら死を選んだんだ。お前は悪くない。それから……俺はお前らだけは裏切らない。約束する……」

 それだけ言うと肝心なことは何も話してくれなかった。お前は一体何者なんだ。ホムンクルスと何の繋がりがあると言うんだ。俺達を裏切らないと言うのなら、全てを話してくれよ。

「……分かった、俺はお前を信じてる。だからもう、俺からは何も聞かない」

 ユーキとはそれなりに深い付き合いだから、これ以上問い詰めた所で何も答えてなどくれないことは重々承知している。今の俺にできるのは、いつかユーキが自分から真実を話してくれると信じることだけだ。

「ありがとう……。最後に一つ聞くが、さっき言っていたマーテルと言う合成獣の女がどこに居るか分かるか?」
「さ、探してどうするんですか?」

 ユーキの問い掛けに知らないと答えようとした瞬間、今までずっと黙っていたアルが初めて発言をした。どこか焦燥を感じさせる物言いと良い、どこか様子がおかしい。まさかアルの奴……。

「本来なら殺すところだが、俺はその女に話が聞きたいだけだ。何ならその女を逃がす手筈を整えてやっても良い。居場所を知っているなら教えてくれ」
「えっと、その……マーテルさんは……」
「ここに居るわよ」

 ああ、やっぱり。鎧の頭が突然外れたかと思えば、神業とも言える素早さで何者かがアルの中から飛び出して来た。見覚えのあるその姿に自然と溜息が出てしまう。そんな俺を無視して金色のショートカットの女は臆することなくユーキを見下ろしている。

「貴女が特殊工作部隊の……」
「もう昔の話よ。それにしても随分と若い将軍様ねぇ」

 茶化すような口調のマーテルに気を悪くするでもなく、ソファーに腰を掛けた儘の姿勢で口角を上げつつ見据えている。余裕すら感じられるその表情にいつものユーキだと何故だか安心した。

「聞きたいことがある。第五研究所に実験体として収容されていたイシュヴァール人の中に、14、5歳の女は居なかったか?」
「あの研究所か……。そうね……肌の色があんたくらいには薄かったから、イシュヴァール人とは言い切れないけど、そのくらいの歳の子は何人か居たわね。あんな歳の子があそこに居たと言うことは多分、イシュヴァール人で間違いないでしょうね。動物と錬成される時に肌や目の色が変わることはよくあったみたいだから、その影響かもしれないわ」

 成功作の合成獣人間として最後まで生き残っていた一人の少女は、他の合成獣達が逃げる時に一緒に逃げたらしい。気付けば居なくなっていたとのことで、現在の居場所は分からない。逃げ出したのは、いつか俺とアルがエンヴィー達ホムンクルスやスカーと鉢合わせてしまったあの時か。思えばあの頃から俺達は本格的に賢者の石に近付き始めたんだ。そして、賢者の石を造るには大勢の人間の命が必要だとも知った。

「ねえ、そっちの質問に答えてあげたんだから、あたしの質問にも答えてくれない?」
「内容にもよるが、俺に答えられることなら」
「ゾルフ・J・キンブリーと言う男の居場所を教えて欲しいの」

 マーテルの奴はまだキンブリーを殺そうとしているのか。そんなことをしても死んだお前の仲間は喜ばないはずだ。何故それに気付かない? いや、気付いてはいるのかもしれないな。それでも、分かっていても、どうしようもないんだ。ユーキは俺なんかよりずっとそれを理解しているから、きっと大丈夫だ。

「紅蓮の錬金術師、か。どういう訳か最近軍に復帰し、フランク・アーチャー大佐の下に就いたらしいな。残念だが直属の部下じゃないから居場所まではな……。力になれなくてすまない。もし分かったら連絡しよう」

 落胆したような表情を見せたマーテル。だが、これで良かったんだ。復讐なんて、新たな憎しみしか生まないのだから。

「アル、マーテルを連れて先に行っててくれ」

 会話が途絶えた所でアルに席を外すように促した。何も聞かずにそれに従ってくれるところを見ると、やはり良くできた弟だと思う。マーテルを自分の中に匿い部屋から出て行く弟の姿と、歩く度に聞こえる金属音に罪悪感を覚えながら、それが聞こえなくなるのを待ってユーキに話し掛けた。

「キンブリーの居場所、お前ならすぐに分かるんだろ?」
「俺を誰だと思ってる」

 天下の中将様には愚問だったようだ。こいつの情報網の緻密さは俺にも想像が付かない。何でもユーキ直属の組織があるらしいが、表立って組織されている訳ではないため、その構成員や活動などの全貌は指揮している本人しか知らないらしい。
 大総統もよくそんな組織の存在を許可していると思う。そんなことを考えていたため少々間抜けな顔になっていたのか、気付けばユーキが俺を馬鹿にするようにおかしそうな顔で笑っていた。

「おい、笑うなよ!」
「いや、だって。何変な顔してんだよ」

 そういえば今日初めてこいつが笑うのを見た。それはそれで好ましいことなのだが、いつもと違って少しだけその顔に翳りが見えるのは気のせいだろうか。俺は素直に喜べなかった。

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