刻まれた証

□21.対峙
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俺は奴らのように優しい人間ではない

お前が死のうが何も感じはしないだろう

だが、せめて一緒に歩いてやろう

死刑台へと続く道を


21.対峙


 アメストリスで諸用を済ませた後、一月と経たない内に再び日本へとやって来た。数週間放置していた賃貸マンションはどことなく埃っぽさを感じる。そう長くこちらに居るつもりはないが、引き払う前に一度掃除をしておいた方が良さそうだ。

「仮にも自分の家なのに何もないな。待ってろ、すぐに買って来る」

 招き入れた副官に何か飲み物でも出そうとしたが、生憎水道水しか出せない状況だ。賞味期限のことを考えてペットボトル類を置いていないのは当然だが、そもそもこんな仮初の家にはインスタントコーヒーの一つすら用意していなかった。

「そんな、飲み物でしたら自分が買ってきますので。何が宜しいですか?」
「そうか? 悪いな、コーヒーを頼む」

 客人に買いに行かせるのはどうかとも思ったが、瞬時にこの真面目な部下であれば上司に買いに行かせることの方が余程無礼だと考えるだろうと思い直す。軽く礼を言って先程見掛けた近所のコンビニへ送り出した。

「そう言えば、慈郎達に何も言ってなかったな……」

 一人になると不意に例のテニス部員達の顔が浮かんだ。心配しているだろうか。いっそのこと、そう言えばそんな奴も居たなと言う程度に思われていた方が気は楽だ。しかし、どうやら俺もエドワードのことを言えないほど天の邪鬼らしい。一体何を期待しているのだか。忘れていて欲しいと言う思考とはまるで正反対に携帯電話を取り出してしまう。

 軍関係者と連絡を取る為の携帯とは別に契約した物を取り出して開いてみるものの、画面は真っ黒だった。電池切れかと充電器を探し始めたが、よくよく考えれば私用なので面倒で電源を切ったままにしていたのだった。

「うわぁ……」

 充電せずにそのまま電源を入れて見れば、辛うじて電池は残っていたらしく、すぐにEメール受信画面に切り替わった。思わず溜息が出てしまう程大量のメールは全ての受信を完了するまでに一分近く掛かってしまった。部下が帰ってくるまでに全て読むのは無理そうなので、どれから目を通していこうか検討する。

 ざっとメール送信者の名前を見れば、英語圏の名前に混じって日本人の名前が表示されている。日本人で俺にメールを送ってくる人間なんてあの三人しか居ないだろう。

 手始めに慈郎からのメールを選び順番に読んでいくと、最初は病気かと心配する内容だったが最終的には生きているかと言った大袈裟な内容にすり替わっている。それが何とも彼らしく思えて自然と顔が綻んだ。

 慈郎からのメールを読み終え、今度は景吾からのメールを読むことにした。慈郎に比べれば数は大分少ないが、始終命令口調なのがやはり景吾らしい。しかし、普段のあの男の言動を思い返せば、一見自分に無関心に思えるこの文章さえも想像以上に自分を心配する内容なのだと推測できてしまう。次に会ったら一応謝っておくか。

「あいつ、あれで結構良い奴だからな……」

 そして残る一人亮からは一件も届いていないように見えたが、最近になって一件だけ送られていたようだ。それを開いてもみれば、一言早く来いよとだけ書かれていた。どう考えても素っ気無いとしか言えないが、たった一通だからこそ逆に重く感じられるのかもしれない。そして、ふと亮はレギュラーに復帰出来たのではないかと言う根拠のない考えが頭に浮かんだ。

 その後司令部の部下や知人などからのメールに軽く目を通していると、静かな部屋にドアを開く音が響いた。出て行ってからの時間を考えると相当急いで行ってきたことが窺える。

「お待たせ致しました、中将。このコーヒーでよろしいでしょうか」
「あぁ、わざわざ済まなかったな、中佐。……それじゃあ来て早々で悪いが、そろそろ仕事の話に移るか」

 この件に関してはあまり詳細を知らない中佐に事件のあらましと日本での調査結果、そしてこれからどうするのかを順に話していった。彼は何度か驚愕したような表情も見せたが、始終口を挟むことなくじっと俺の説明に耳を傾けていた。

「つまり、以前セントラルを騒がせていた連続殺人鬼がその女だと言うことですね」
「そういうことだ。見た目は14、5だが、対象もスカーと同じく復讐者だからな。気を抜いたら殺されるぜ、特に俺達軍人は。今は部下に見張りを頼んでいるが、動きはなさそうだ」

 大方話し終わった所で顔を上げてみれば、日も大分傾いて窓から西日が射し込んでいる。一旦この話はやめにして適当に腹ごなしをすることにした。軍ではそれなりに地位のある男二人が、揃って安っぽいファミレスに入っていく姿など、アメストリスではまず見られるものではないだろう。



 翌朝、洗い立てのカッターシャツとブレザーを取り出して久し振りに氷帝学園の制服を着た。正確に言うとブレザーは羽織ろうとして止めたのだが。衣替えの時期がとっくに終わっているであろうことに気付いたからだ。しかし、手は薄手の目立たない手袋で隠すから良いとしても、日本でこの金属製の腕を人目に晒して歩くのはやはり憚られる。できれば半袖は着たくない。

「長袖のカッターシャツだけでいいか」

 休日なのだからそこまで真面目にする必要もないと思い直し、適当に着替えを済ませて部屋を出た。すると不意にいい匂いが漂ってくる。その根源であろうダイニングに向かえばそこには既に中佐が居た。律儀にも朝食を用意していたらしい。

「おはようございます五十嵐中将。勝手にキッチンをお借りしてしまい申し訳ありません」

 目の前の年上なる男に対して、何だか部下と言うより嫁だな、などと言う愚かな考えを抱きながらウィッグと眼鏡を片手に洗面所へ向かった。鏡を前に色素の薄い金髪が一本たりともはみ出ていないことを確認してからダイニングに戻れば、中佐が物珍しそうにこちらを眺めているのを感じて「どうだ」と問うてみる。

「それだけでも随分とイメージが変わりますね」
「今となっては、あまり必要のない変装だけどな」

 そう、どうせ今日曝け出してしまうのだから。隠す意味も大してない。気持ちを切り替えて目の前の食事を見れば、朝はしっかり食べる方だと言っていた中佐にしては軽めのものが用意されていた。これが以前朝には弱いと零した俺を気遣ってのことだとしたら、本当によく気の利く人間だと思う。

「それにしても日曜日も部活とは、学生も中々大変ですね」
「ああ、でも俺は少し羨ましいな。まともな学生生活を送った記憶が殆どないんだ」
「中将……。そうですね、自分も思い出すのは専ら士官学校でのことですよ」

 顔を見合わせて苦笑しつつ食事を口に運ぶ。そして朝食後、また後でと言い残して一人家を後にした。思えば久方振りの登校だ。テニス部の面々がどんな顔をするのかが見物だと考えながら先を急げば、テニスコート付近で見知った少年の姿を見付けた。

「悠輝……!? テメー、半月以上もどうしてやがった」
「お前、俺の本業を忘れてないか?」
「本業って、まさかお前……アメストリス東部の情勢が悪いとは聞いていたが……」
「俺はどうせ指揮官だ。滅多なことでは死なない。それに今はまだ膠着状態だからな」

 しかしもう日本でもニュースになる程悪化していたか。今回は基本的に軍事政策に不干渉なせいか、はたまたこちらに気を取られていたせいか、自軍の状況をあまり気にしていなかった。

「それより最近あの女の様子はどうだ?」
「ああ、あいつか。特に変わりはないが……悠輝、一体何を企んでやがる……?」
「否が応でも今日分かるさ」

 会話が途絶えたところで職員室に鍵を取りに行くのであろう景吾を残してコートへ向かった。すると再び背後に感じる人の気配。この気配は良く知っている。

「亮……久し……」

 久し振りだな。振り返りながらそう言おうとしたが、途中で言葉が途切れてしまった。一瞬本気で別の人間と間違えたのかと、自分が衰えたのかと、そう思ったほどだ。

「……何だ? 失恋か?」
「馬鹿っ! 違ぇよっ!」

 恐らくかなり大事にしていたであろうあの長い髪を、文字通りばっさりと切り落としてしまっていたのだ。勿体ないなと思ってしまう俺は、エド然り、案外長髪好きなのかもしれない。何はともあれ、それ程までに強い決意を持っているのだからもう大丈夫なんだろう。

「それにしても随分思い切ったな。……で、戻れたんだろ? レギュラーに」
「まぁな」

 誇らしげに言う亮の体には、至る所に絆創膏やテープが貼ってあった。一体何をしたらテニスの特訓でここまで満身創痍になるのかは分からないが、相当努力したことは見て取れる。純粋に祝福してやりたい。

「レギュラー復帰、おめでとう」
「サ、サンキューな……。それより悠輝、今まで何してたんだよ?」

 珍しく頬を紅潮させながら照れくさそうな顔を見せたが、それを誤魔化すためか急に話題を変えてきた。勿論指摘されることは予想していた内容だ。

「まあ色々あったが、取り敢えず仕事とだけ言っておく」
「仕事って……」
「お前の想像通りだ。あと、お前らには悪いが、今日の部活はできないと思う。勘弁してくれ」

 亮はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、他の部員が続々と集まって来たことにより遮られた。
 それから二十分程経っただろうか。その頃にはほとんどの選手が集まっていた。俺の姿を見つけたその目には、みんなこぞって困惑と忌まわしさを混ぜたような色が浮かんでいる。俺はそんなことには興味がない。ただただ頭を過るのは、冴島優里亜の未来だけだ。

「悠輝先輩……っ!?」
「久し振りですね、冴島さん」

 重役出勤の如く最後に入ってきた女に、お世辞にも愛想がいいとは言い難い笑みを向けた。冴島の顔が硬直するのが分かる。周囲もこの雰囲気にたじろいでいる。この大衆の中、笑っているのは俺だけだ。嗚呼、何て滑稽なのだろう。

 だが、笑っている場合ではない。そう自分を叱責し、今の笑いが嘘であったかのように無表情に戻した。そして一言言い放つ。

「冴島優里亜、貴様をアメストリスでの軍関係者連続殺人事件に関する殺人罪及び死体遺棄罪の容疑で逮捕する」


To be continued ...




タイトルと内容が合ってない!想像以上に進展が遅くて予定より話が進みませんでした。
前回から出てきた腹心の部下は、23〜25歳位のエリート佐官。オリキャラ出しすぎですみません。

 

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