刻まれた証

□24.邂逅
1ページ/2ページ


お前だけは巻き込まないと決めていた

無意識にお前を遠ざけてきた

それなのに、お前は必ず遠ざかった分だけ近づいて来る

悲しい程に嬉しく思うこの心は、俺の決意を鈍らせる


24.邂逅


 連行されていく女を見送った。恐らくもう永遠に会うことはないだろう。こうなることを望んでいたはずなのに、全く心が満たされていない。それは恐らく義妹が二度と帰らないと言う事実にあてられたことよりも、軍人である自分のせいで自分以外の人間を死に追いやってしまった罪悪感の方が強いからなのだろう。

 結局俺は、殺す覚悟も殺される覚悟も、そして誰かを失う覚悟すらできていなかったらしい。本当に後味の悪い任務だった。

「悠輝くん……」

 軍人達が去っていきテニスコートを静寂が包み込む中、誰も動かないまま、正確には動けないまま時だけが静かに流れていった。しかし、いつまで経っても何も言わない俺に耐え切れなくなったのか、それとも暗に出て行けとでも言っているつもりなのか、慈郎の声があくまで控え目に静寂を破る。

「腕の傷、治療しなきゃ。鳳も首に怪我してるし……」

 気まずいなどと言う簡単な言葉では済ませられない状況下で弱々しく響いたその声は、いつもの様な明るさも、まどろんでいる様な緩やかさも感じられない。己を心配するその台詞に僅かな驚きを感じて声の主を見やれば、哀愁を漂わせるばかりの少年の姿があった。彼の纏う雰囲気は、数週間前に見ていたはずのそれとは余りに懸け離れ過ぎている。

「あんさんら見とる限りやと、救急車を呼ぶつもりはないんやな? なら、この近くに俺の親父が勤めとる大学病院があるさかい案内するわ」

 後の処理は残っている部下達に任せても構わないだろう。鳳にも無益な怪我をさせてしまった。きちんと手当を受けさせなければ。そう考えつつ、止血はしたものの未だにズキズキと熱を持って痛む右腕を一瞥すると、反射的に忍足に向かって頼むと呟いていた。

 俺がこの場を去ろうとしたことで身体的にも精神的に開放されたはずの部員達は、予想に反してより一層困惑を露わにしている。こんな危険な厄介事に巻き込まれながら、何の説明もないまま捨て置かれるのかと言う不満と驚き。確かに分からない訳ではない。

 結果的には大事には至らなかったものの、下手をすればもっと被害者がでていたかもしれないのだ。いや、自信過剰かもしれないが、計画を失敗する可能性などは微塵も心配していなかった。
 だが、こんな衝撃的な場面に立ち会わせてしまった時点で、彼らの心に大きな傷を付けてしまったことには変わりはない。それを俺は分かっていなかった。全ては軍人である自分の感覚で物事を考えてしまっていた俺の責任だ。



 病院での診断結果によれば、傷は深いが幸い神経に損傷はなく、障害が残ることもないらしい。しかし、出血量が多かったので大事を取って一晩入院し、輸血をしながら経過観察するよう勧められた。医者に手当をしてもらい終わったらそのまま帰るつもりだった俺は迷ったが、慈郎や亮、そして何故か鳳と向日までもが必要以上に心配しているので結局それに従うことにした。

「すまなかったな鳳。お前にまで怪我をさせてしまって」
「そんな……謝らないで下さい。俺なんか大した怪我じゃありませんから。それより俺、五十嵐さんが血を流しているのを見たら頭が真っ白になってしまって……。本当に無事で良かったです……。……すみません、白々しいにも程があるのは分かってます。あんなに五十嵐さんのことを目の敵にしていたのに……」

 そう言って項垂れる鳳。長身のはずの目の前の少年が酷く小さく見える。そんな彼を前に俺は自分の行動を初めて悔いていた。アメストリスを騒がしていた連続殺人鬼を捕まえるため。そう言えば聞こえは良いが、はっきり言って狂気的な作戦だったと自分でも思う。だが、それでも俺は女に復讐をしたかった。ただ自分の手で捕まえたかった。それだけのために、戻るつもりのなかった日本にまでやって来たんだ。

「そうなるように仕向けたのは俺だ。お前には……お前達には何の非もない」

 鳳を始めとするその場に居た少年達を見ながら言えば、皆一様に顔を逸らし、浮かべるのは酷く辛そうな表情だった。しかしそんな中、顰めた顔をさっと整えて己を見据えてくる瞳と視線がかち合った。

「俺達がお前にしてきた行為については謝る。本当にすまなかった。……だが、お前はあいつを捕まえるため、間接的とは言え俺達を利用していたんだろ?」
「そう、だな……。結果的にはそうなるんだろうな」
「だったら話せ。俺達には聞く権利があるはずだ」

 全くこの少年は。言っていることが正しいだけに、俺を凝視する景吾には反論できない。極めつけは長い話になりそうだと諦めつつ、無意識的に呟いた「どこから話そうか」と言う俺の独り言に、すかさず最初から全てだと切り返したその抜け目のなさだ。
 俺はゆっくり休めるのは暫く先になるだろうことを覚悟した。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ