刻まれた証

□25.過去
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忘れたい過去はどうして忘れられないのだろうか

忘れたくない過去はどうして忘れてしまうのだろうか

俺は一生罪を背負って、過去に囚われ生きていく


25.過去


 悠輝が病室を出て行ってすぐ、何となく張り詰めていた空気が少しだけ緩んだのか、皆いっせいに溜息を吐いた。しかし、会話がある訳でもなく、各々何かを考えているような表情だった。

 エドと呼ばれていたアメストリスから来た金髪三つ編みの彼も、深く考え込んでいるようで、とても話を聞ける雰囲気ではなかった。俺は重い雰囲気に息苦しさを感じ、気分を変えるために飲み物でも買いに行くことにした。

「よぉ、亮」
「魁!? 何でここに? もしかして、悠輝の怪我のことで病院から連絡があったのか?」
「あぁ、そんな所だ」

 そろそろ戻ろうと思っていた時に出くわした魁。俺の方をじっと見ながら立っている姿は、偶然会ったと言うより待ち構えられていたようにも感じたが、特に気にすることなく近寄って声を掛けた。どうやら見舞いに来たらしい魁に、唐突だとは分かっていながらも前々から気になっていたことを尋ねてみた。

「あのよ、お前も国家錬金術師ってのになったのか?」
「え?」
「ほら、お前昔なりたいって言ってたじゃねぇか。親父さんが錬金術師で、お袋さんが軍人だから、どっちにも属する国家錬金術師に憧れてるって」
「あぁ……そうだな。俺は昔そんなことを考えてたみたいだな」

 魁は曖昧に返しながら俺に笑い掛けてくる。会話はそこで途絶えてしまった。微笑んでいるはずのその表情に、何故だか言いようのない気味の悪さを感じてしまったのだ。これ以上この話題に触れてはいけない気がした。

「俺ちょっと用事があるからさ、兄貴の病室には後で行くよ」
「あ、あぁ……分かった。待ってるからな」

 一度できてしまった沈黙からどう抜け出して良いのか迷っていた俺には少し嬉しい提案だった。俺の横を通り過ぎて悠輝の病室とは反対方向へ歩いて行く魁をじっと見送る。病院なんかにどんな用事があるのだろうと多少気にはなったが、追究することではないだろうと思い直し、問い掛けることはしなかった。



 俺が戻ると悠輝は既にその場に戻ってきていた。どうやら俺待ちだったらしい。遅くなったことを軽く謝り、少しずれて場所を空けてくれた長太郎の隣へと身体を滑り込ませた。

「じゃあ、さっきの続きから話すな」

 悠輝が再び俺達に過去を語り始めた。先程までの話を聞いた限りでは、本来なら人に話したくないであろう辛い経験もあったようだ。それでも悠輝は感情の分からない声色と表情で淡々と自分の過去を話していく。

「両親を同時に亡くしてしまった俺達兄弟は当然途方に暮れた。だが、思いの外遺産が多かったから金には困らなかったし、家事も二人で協力して少しずつ覚えた。近所の人が随分と俺達を援助してくれたことも大きかったな」

 とにかくあの頃は弟が居たから辛くても頑張れた。そう言った悠輝の表情が今までと違って少しだけ辛そうに見えた。今の言葉、魁にも聞かせてやりたいと微笑ましくさえ思って聞いていたのに、そんな表情をされたら理由もなく不安になってしまう。

「話は少し変わるが、十数年前にアメストリスのイシュヴァールと言う地域で内乱があったのを知っているか? ……本人も言っていたが、あの女の出身地だ」

 勉強不足の俺では記憶が曖昧だが、社会の授業で習ったように思う。俺は隣にいたジローと岳人をちらりと盗み見たが、俺と同様あまり覚えていないような顔で互いの顔を見ていた。そんな俺達を見兼ねたのか、忍足が教科書のような簡潔で分かりやすい説明を与えてくれた。

 要約すると、イシュヴァールはアメストリスに併合された東部の地域であり、イシュヴァラという神を唯一神とするイシュヴァール教を信仰する民族が住んでいるらしい。イシュヴァール人の特徴は、褐色の肌に銀髪、赤い瞳だ。元々イシュヴァール人は併合されたことによる不平・不満があったところに、一つの大きな事件が起きた。十三年前にある軍人がイシュヴァール人の少女を誤って射殺してしまったのだ。そのことから暴動が起こり、結果紛争にまで拡大した。六年前には国家錬金術師による殲滅戦も行われており、現在イシュヴァールは立ち入り禁止区域になっている。

「流石忍足。テストなら満点の解答だな」

 優里亜はその誤射殺されたと言う少女のことを友人だと言っていた。どう見ても年齢が合わないし、見た目の特徴も違うはずだが、悠輝が納得していたところを見ると、何か理由がありそうだ。

 平和な日本に住んでいるとまるで別世界の話に感じるが、実際軍に勤める悠輝はそんな世界に身を置いているのだ。それを考えると急に恐ろしくなった。そして、同時に軍人達に連れて行かれてしまった罪人である優里亜が、その紛争の被害者の一人だったのだと思うとやりきれない。もう誰が悪いとかそういうレベルの話ではない気がした。

「そうして始まった内乱はその後何年にも亘って続き、徐々に東部の地域一体に広がっていった。最終的にその火種は俺達の住む村にまで波及してきた。その結果が、これだ」

 そう言って左腕を捲って見せた。袖の下から出てきたのは肌色の腕ではなく、全て金属で造られている重々しい義手だった。複雑な作りのそれは、かなり細かい動きまでできる筋電義手の類のようで、今まで義肢だったことすら気付かなかった。“その結果”と言うのだから、内戦による被害によって左腕を失ったと言うことだろう。

「あの時は確か11歳だったな。俺達の住む地域が避難対象になった頃のことだ。弟が爆発によって崩壊した建物の下敷きになったんだ。崩れる瞬間、何とか助けようとして手を伸ばしたが、情けないことに結局俺もそのまま瓦礫の下で身動きが取れなくなった」

 元気な姿しか見ていないせいか、二人がそんな危険な目に遭っていた事実も俄かには信じ難い。それに、そもそも悠輝が左腕を失う程の目に遭ったのは軍のせいのはずだ。それなのにどうして悠輝は大人しく軍に身を置いているのだろう。後先考えず行動してしまう俺は、思ったままを口にした。

「どうしてと言われてもな……。感情論だけじゃ生きていけないだろ」

 困った様に苦笑いしながら、生きる為に軍に入ったのだと悠輝は言う。ああ、俺とは完全に住む世界が違うのだと実感した。


「ちょ、ちょっと待て! お前のその左腕、その時の事故で失った、のか……?」
「そうだ。……代価はこの腕じゃない」

 代価とは何のことなのか俺には見当も付かなかったが、金髪少年、エドの酷く狼狽した様子から、悠輝が重大な何かを隠しているのだろうことは感じ取れた。

「俺の払った代価は……」

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