刻まれた証

□27.決別
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運命に抗ってでも守りたかった

しかしそれは最早叶わぬ夢

今の俺に出来ることは

ただひたすらに信じることだけだった


27.決別


 軍に戻った時にはリオールが文字通り消滅しており、突入した軍人の多くは一緒に行方不明になったらしい。指揮を執っていたアーチャー大佐も半身を失う大怪我を負ったそうだ。

 見ておらずとも、その時の様子など手に取る様に分かる。街全体を錬成陣にして錬成反応を起こしたんだろう。こんな大きい練成を行った結果は一つしか考えられない。

「ユーキ! アルを知らないか!?」

 酷く焦燥した様子で俺に声を掛けてきたのは、先にアメストリスへ帰って来たはずの鋼のだった。この惨状を見た時、錬成を行ったのはエドワードでないかと思っていた俺は内心驚いた。

 計画ではエドワード・エルリックに錬成をさせる予定だと聞いていたが、どこかで狂いが生じたらしい。だが、安心した。もしこれをやったのがエドワードだったら、彼の精神が耐えられなかったかもしれない。

「いや、俺は見ていないが……落ち合う場所を決めてなかったのか?」
「決めてたさ! でも約束した宿にいねぇんだ……!」

 不安になった俺は、一先ずマズタング大佐に確認することにした。大佐を毛嫌いしているこの少年は、決して自分から連絡を取ろうなどとは思わないだろうから。しかし、いざ連絡して尋ねてみてもアルフォンスの居場所は分からず仕舞いだった。

『ハボック達を捜索のためそちらに向かわせよう。ただ……』
「そうだな、最悪のパターンも考えておかなければな……」

 俺の言葉を聞いたエドワードがビクリと身体を震わせたのが横目に見えた。

『こんな時に言いたくはないが、お前は早めに戻って来い。今、軍は混乱状態にある。将官が不在なのは不味い』
「ああ、分かってる。手を煩わせて悪かったな、大佐。少尉達にも礼を言っておいてくれ。後は任せた」

 通話中、ずっと俺の会話の内容を気にしていたエドワードに、ハボック少尉達も捜索の手伝いをしてくれるらしいことを伝えた。それでもまだ不安そうにしているのは当然のことだろう。大佐に言われた通り本当はすぐ中央司令部に戻るつもりだったが、このままエドワードを置いて行くこともできず、一緒にアルフォンスを探すことにした。しかし、どの店にもどの宿にも、アルフォンスが訪れた形跡はなかった。



「後はこの街の中だけだな……」

 消えてしまった街を見て、辛そうに眉間に皺を寄せるエドワード。こんな何もない所にアルフォンスが居るとは考えにくいし、もし街が消滅する前からそこに居たと言うのならば、それが意味することは……。

 何もない砂地を歩く度に不安が高まっていく。しかし、街の中心辺りまで来た頃だろうか。暫く歩いた所で妙な砂山を見付けた。訝しみながら二人で掘ってみると、予想通りなのかそうでないのか、そこには探し人が居た。

「アル……ッ!」

 急いで埃や砂を払ってやると小さな呻き声が聞こえてくる。この身体でも気を失うことがあるのだろうかと疑問に思いながらも、エドワードと一緒にアルフォンスへ声を掛けた。

「あれ……あ……!! 離れて! 僕もうすぐ爆発しちゃう!!」

 虚ろだった意識が鮮明になったか思えば、アルフォンスは何事かを叫びながら慌てて俺達から離れた。しかし、訳が分からないと顔を見合わせている俺達と同様に、アルフォンスもまたすぐに不思議そうな声を出している。

 事情を知るために話を聞けば、スカーと対峙していた紅蓮の錬金術師に自身の身体を爆弾に錬成されてしまったそうだ。その後、気付いたら俺達がここに居たらしい。

「死に際にアルを爆弾に錬成するとは、爆弾狂は最後まで爆弾狂だった訳か。ある意味潔いな」

 軽く言う俺に他人事みたいに言うなと兄弟揃って抗議されてしまった。流石に不謹慎だったと思い謝っておいた。

「それで、スカーさんが鎧を何か別の物質に変化させれば助かるかもって言って……」

 街全体で発動した大きな錬成陣。そして跡形もなく消えたリオールの街とそこに居たはずの軍人達。

 エドワードと俺の思考は一致したらしい。エドワードがアルフォンスの鎧の腹を開くように指示をしている。不思議そうにしながらもアルフォンスは俺達に鎧の中を開いて見せた。

「これは……」

 開かれた鎧の中は禍々しい赤い光りを発している。確かに形体は決まっていない以上、これが賢者の石ではないと否定することはできない。間違いなくアルフォンスの身体は賢者の石に錬成されてしまったのだ。


「これが7000人の兵士を代価にして作られた、賢者の石か……」

 無意識にアルフォンスの身体に触れてしまった俺は、一瞬だけ脳内に垣間見えた真理の扉の映像に驚いて反射的に身を引いた。忘れたくても忘れられなかったあの時の映像が蘇って来るようで気分が悪い。

「な、何ですか今の……? 前に見たことがある……、もしかしてあれが真理、なんですか……?」
「師匠は違うと言っていたけどな」

 俺が見た映像はアルフォンスにも見えていたらしい。少しばかり動揺してしまった俺の代わりにエドワードが自分の推測を話している。その説明通り、今俺とアルフォンスが見たのは間違いなく真理の扉だ。今の現象は、錬金術師である俺が無意識に錬成反応を起こしてしまった結果だろう。


 自分からは少し離れていろと言って再び考え込むエドワード。アルフォンスはまだ自分が賢者の石になってしまったことが信じられないらしい。しかし、賢者の石になった可能性が高い以上、アルフォンス自身が錬金術を使うことは危険だった。何が起こるか分からないので、一先ず錬金術師には触れないことや錬金術を一切使わないことを約束させてその場は落ち着いた。


「そうだ、大変なんだよ兄さん、ユーキさん!」

 落ち着いた所で錬成陣が発動するまでの話を聞いていると、冷静になったお陰かふいにアルフォンスが思い出したように声を荒げた。そして一呼吸置いてから静かに言う。

「大総統は、ホムンクルスなんだ……」
「何!? いや……だが、今回の指揮は大総統が執っている。エンヴィーがすり替わる隙はなかったはずだ……それなら納得もいく、か。畜生っ、国のトップがホムンクルスだと……!?」

 いつ知ったのか、アルフォンスは重大な真実をエドワードに告げた。歳を取るように容姿が変化するホムンクルスなら気づかれないと思っていたが、思わぬところで露見してしまったらしい。しかし、アルフォンスに気づかせながらも手を下さなかったということは、最早それは些細なことに過ぎないのかもしれない。大総統の行動は、賢者の石が手に入ることを承知した上でのものだろう。

「エド、アル、早くここから逃げた方がいい」
「え……? 急にどうしたんですか、ユーキさん」
「すぐに奴らがお前達を追って来るだろう。奴らの目的は初めから賢者の石だ。捕まったら……分かるだろ?」

 二人だけで行かせるのは心配だった。賢者の石になってしまったアルフォンスは、間違いなくあの人が率いるホムンクルス達に狙われるだろう。そして、邪魔になるエドワードを消そうとするはずだ。

 本当なら俺も付いて行き、守ってやりたかった。できることなら、二人に向けられる刃を全て薙ぎ払ってやりたかった。

「……分かった、俺達はどこかへ逃げる。だけどユーキ、必ずまたお前に会いに行く。行くからな、待ってろよ……。行くぞ、アル」

 エドワードの約束染みた言葉には何も返せなかった。追われる身の彼に最後まで心配されている俺の何と情けないことだろう。互いの無事を誓い合うことすらできない俺を許してくれ。だが、二人の無事だけは最後まで祈っているからな。

「……ユーキさんもお気をつけて」

 どうか生き延びてくれ。そして二人で元の身体を取り戻せ。宗教など今まで信じてこなかったが、一度だけ縋っても良いだろうか。アメストリス人も日本人も、あまり宗教には拘らない人種だ。しかし、俺はやはり日本人だから、ここは万物に宿るという八百万の神々に祈ろうか。どうかあの二人に、神々の御加護があらんことを。

「エドワード、アルフォンス、元気でな。お前達は生きてくれ……」

 何か言いたげにしている金色の瞳が僅かに揺れていたが、すぐに視線はそらされた。エドワードが振り返って走り出したのを見届けて、俺も自分の在るべき場所に帰るため彼らに背を向けた。



「良かったのか、あのまま行かせて。賢者の石を手に入れて来いと命令されてるんだろ、ラスト」
「それはこちらの台詞よ。エルリック兄弟をわざと逃がしたとあの方に知られれば、たとえ貴方であっても……」

 音もなく俺の傍に立っていた同朋とも言える女は、感情の読めない目で俺を睨んでいた。分かっている、そんなことは。だが、俺があの人に葬られることはないだろう。あの人が俺を手に掛けようとする頃には、恐らく俺は。

「何だ、俺を心配してくれてるのか?」
「ふざけないで」
「そう怒るなよ。それより、自分の心配をするんだな」
「貴方に言われるまでもないわ」

 それだけ俺に告げると、漆黒の女もまた、俺の前から立ち去って行った。そろそろ俺も歩き出さねばなるまい。今更軍に戻っても仕方がないと思いつつも、他に行くところがない俺はそこへ向かうしかない。

 軍しか居場所のない自分が以前は嫌でしょうがなかったが、いつしか戻りたくないと思うほど嫌いな場所ではなくなっていた。きっとあそこには仲間と呼ぶべき人間がいるからだろう。特に、先日日本で捕まえたイシュヴァールの女を軍に連行するために一足遅く帰ってきた副官の中佐には、早めに顔を見せてやらなければ要らぬ心配させてしまう。そう思って少しだけ歩みを速めた。

 だが、心に秘めた戯言を言ってしまえば、最後に会うのはお前達であってほしかった。お前達の行く末を、最後まで見届けさせてほしかった。


To be continued ...




もうかなり終盤なのに、やっと夢主の立ち位置が定まってきました。改めて言っておきますが、一応2003年のアニメ沿いな感じなんです。

 

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