刻まれた証

□30.鎮魂歌
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「ユーキはいつもこの指輪を使って錬成していたな……」

 真理を見たユーキなら、俺と同じように錬成陣なしで錬成できたはずだが、結局彼がそれを実行している所は見たことがなかった。いつだって彼は、二つに割れてしまったこの指輪を使って錬金術を使っていたのだ。

 あれがユーキなりの真理に対する反抗だったのかもしれない。今になってそう思う。


30.鎮魂歌


「後のことは任せろ」
「あぁ、頼むな。二人のこと、しっかり供養してやってくれ……」

 知らなかった。病院で氷帝生達と初めて会ったあの日、俺が居ない所でユーキが跡部にこんなことを頼んでいたとは。「もし万が一、この先自分に何かあれば」と言って話したそうだが、この時にはもう、ユーキは決意していたのだろう。

 自分のことで手一杯だった俺は、ユーキのことを何も知らなかった。俺がアイツの一番近くにいるのだと自負していたのが恥ずかしい。

「エドに心配かけたくなかったから、悠輝くんは跡部に頼んだんだよ」

 この話を跡部から聞いた時、俺の心情を知ってか知らずか、ジローは俺にそう言った。お前に何が分かる、とは言わなかった。ユーキなら確かにそう考えそうだからだ。

 本当はよく知りもしない相手にユーキの葬儀を任せるのは避けたかった。しかし、ある人物の助言でそれは決定した。ユーキ本人が火葬を望んでいたのだから、それなら故郷である日本で葬式を挙げてやるのが一番だ、彼に任せよう。そう言ったのは俺の元上司だった。

 そもそもユーキの遺志に反して俺が拒否する権利など初めからありはしないのだから、大人しく従うしかない。ただ、今なら結果的にこれで良かったのだと思える。

「ユーキの弟の墓は、母親や美咲とは別の場所にあるんだ」
「跡部、悠輝くんのお墓はどうするの……? 美咲も魁も一人にはできないよ……」

 ジローの懇願にすぐさま頷いた跡部。彼は言うまでもないといった様子で俺達に説明し始めた。日本では分骨と言って遺骨の一部を別の場所に移すことがあるらしい。実際海外で亡くなったユーキの父親は、日本とアメストリスの二ヶ所に墓が建てられている。
 そして、ユーキの遺骨は、日本にある父方の墓、つまり父親と魁の眠る五十嵐家の墓と、アメストリスにある両親と美咲の墓の隣の二ヶ所に納骨することが決まった。話は全て跡部がつけてくれるらしい。頼もしい友人を持ったな、ユーキ。



 跡部から葬儀の準備が整ったと連絡をもらい、俺は再度日本へ飛んだ。大総統の失踪による混乱の最中ではあったが、葬儀の参列者で一番多かったのはやはり軍関係者だった。
 アメストリスからわざわざ渡日して参列していた何人もの軍人や軍属は、慣れない異国の式に戸惑いながらも皆一様に心の底からユーキの死を悼んでいた。それはただユーキの地位が高かったためだけではないだろう。中でもユーキの副官だった中佐の悲しみようは群を抜いていた。それだけ深くユーキを慕っていたんだろう。

 そして、軍服を纏う大人達の中でも後れを取ることなく、凛とした態度で参列していたのはあの氷帝生達であった。悲嘆の表情はまだ残っていたが、それでも取り乱すことなくユーキの冥福を祈っていた。特に跡部は、天涯孤独だったユーキのためにあれだけ立派な葬儀を一から全て手配したのだから感服する。



 そんな葬儀からも、あっという間に一ヶ月半近くが経った。月日が経つのは本当に早いな。お前が居なくなってからもう一ヶ月以上経つなんて、未だに信じられない。

 ある日再び跡部から連絡を貰った俺は、空港で跡部らを待っていた。到着した彼らに聞けば、日本では既に魁の隣に墓が作られているらしいが、早めに美咲の傍へも埋葬してやりたいということで四十九日を選んで来てくれたらしい。

「そう言えば、お前の弟……アルとか言ったか。そいつは元気か?」
「あぁ。記憶は四年前のままだが、幸い身体に異常はない」

 元気に走り回るアルの姿を思い浮かべて頬が緩んだ。そして、同時にアイツのことも思い出す。

「あの日はな、ユーキの弟の命日だったんだ」
「魁の……」

 ふと漏らした俺の言葉に、宍戸が何とも言えない複雑な面持ちで呟く。直接魁と面識のなかった向日や忍足でさえ、その偶然に悲痛な表情をしていた。

「偶然だと思うか」
「……どういう意味だよ、跡部」

 俯いていたジローが顔を上げて静かに問う。顔を上げた拍子に目に溜まっていた涙が零れ落ちて頬に一筋の跡を残した。

「最初から、悠輝は魁の命日に死ぬつもりだったんだろう」
「お前のことは気に食わねぇけど、俺もお前と同じ考えだな」

 跡部とは視線を合わせないように遠くを見ていたが、俺はその言葉には酷く納得した。他の連中は驚いたように俺達の方を見ている。

「いつだってあいつの思惑通りにいかないことはなかった。戦争だって、軍内部の抗争だって……今思えば全てユーキの計画通りに進んでいたのかもしれない」

 そんな彼だから、最期の時ですら自分の望むままに迎えたのだろう。最後までホムンクルス達を駒として使いながら死んでいったダンテと、ホムンクルスを封印するために共に死を選んだユーキ。過程はまるで違うが、皮肉なことに両者の辿り着いた結果は同じだった。

「結局俺達は、自らが生み出した罪から逃れることなんてできないんだ」

 今思えば、ホムンクルス達は錬金術師を酷く憎んでいたが、シン以外はユーキにほとんど敵意を見せていなかった。ダンテの仲間だったから、という理由だけではないだろう。ユーキの考え方にはホムンクルス達も何か思う所があったのかも知れない。



「兄さん!」
「エド!」
「アル、ウィンリィも……」

 ああユーキ、お前には感謝してもしきれない。あの錬成の時、俺は扉の向こうへ抜けるつもりだった。しかし、今も俺がこの場に居られるのは、お前にもらった賢者の石のお陰なのだろうな。

 錬成後、気が付いたら目の前に生身のアルが居た時は夢かとさえ思った。俺は自分自身を代価にするため、扉の向こう側に抜けるつもりだったからだ。
 戻ってきたアルとは反対に、手元にあったはずの紅い石はどこにもなくなっていた。まるでお前のように、俺に手を貸すだけ貸して消えてしまった。

 俺は再び右手と左足を失う羽目になったが、代わりに何年も見ていなかった懐かしいアルの姿を見ることができたのだから、もうこれ以上は何も望まない。

 お前にもう一度会いたいという、決して叶わぬ望みも口にすることもやめよう。


 ユーキ。記憶に残っている最後の姿で帰って来たアルは、毎日元気に過ごしているよ。10歳までの記憶しか持たないアルは、お前のことを全く覚えていない。そのやるせなさから涙が出そうになる。だけど、心配するなよ。俺がいくらでも話してやるさ。お前のことなら俺は話を途絶えさせない自信がある。

「そう言えばウィンリィ。お前、ユーキと面識があったらしいな」
「うん……ヒューズさんのお墓に花を供えに行った時にユーキさんと会ったの。あの時が最初で最後。その時にあの人、私にちらっと洩らしたのよ」

――もう一ヶ所行かなければならない所があるんだが……行けなかった。怒るだろうな、あいつ……

「誰かのお墓のことを言ってるんだろうってことは雰囲気で分かったんだけど、その時の私は何も知らなかったから……。だから、また今度行けば大丈夫です、きっと許してくれますよって言っちゃったの。行けない理由なんて深く考えもしなかった……」

 ユーキさんは会えたのかな。弟さんと妹さんに……。
 そう言ってとめどなく涙を流すウィンリィに、俺は掛ける声もなく、ただ涙の行方を見守っていた。いつだってそうだ。俺はこんなに悲しいはずなのに涙が流れない。涙の枯れてしまった俺の代わりに、いつもウィンリィが泣いてくれている。だから、俺は泣けなくても平気なのかもしれない。

「……会えたさ」

 会えたに決まっている。弟のことを最後まで思っていたアイツが、その弟を一人にしておくはずがない。あんなに大切に育ててきた妹を、一人で放っておくはずがない。宗教染みた考えは嫌いだが、今なら天国と言う場所が在るような気がしてならなかった。

「きっと今頃、みんなで仲良くやってるC!」

 俺の言葉の後に明るい声が続く。ジローの言葉をアメストリスの言葉に直してウィンリィに伝えてやると、涙を流しながらも顔を上げて表情を少し柔らかくした。そして、同じように氷帝の生徒達もそうだなと言って微笑んでいる。何てことだ。あの時は一番泣き叫んでいたはずのジローが今は皆を笑顔にしている。

「俺、お前らのこと誤解してたのかもしんねぇな……」

 氷帝の生徒と初めて対面した時、ばつが悪い表情で佇む彼らを見て、罪悪感からユーキの傍に居るのかと思っていた。そして、アメストリスで再会した時、少し前まで何も知らずにユーキを目の敵にしていたであろう彼らがユーキの友人を名乗ることを忌々しいとさえ思った。しかし、それは大きな間違いだった。

「そろそろ日本に戻るぞ」
「そんな急がなくてもいいじゃんか、跡部ー!」
「馬鹿を言うなジロー、俺達には俺達のやらなければならないことがある。……それを放り出したままじゃ、あいつも怒るんじゃねぇのか?」

 また来ると言って日本へ帰って行った跡部達。今なら慌ただしい奴らだと笑いながら見送ってやることができる。

 みんな本当にお前のことを思っているんだな。擦れ違いもあっただろうが、最後はお前もこいつらを認めていたんだろう?

 なあ、ユーキ。初めから全て分かり合おうなんて思ってはいけないんだな。

「またな、エド!」
「おう、お前らも元気でな! いつでも遊びに来いよ!」

 いつか時がこの悲しみが消してくれたとしても、俺はユーキを決して忘れはしない。

 俺は何度でもお前の墓の前で誓おう。

 たとえ世界中の誰もがお前のことを過去の人間だと言って忘れようとも、俺はこの胸にお前の存在を、五十嵐悠輝がこの世に生きた証を刻み続けると。


The END




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