恋なんて愛なんて。編
□隠したって滲むぐらい
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『よーへぇえっ!!!聞いてくれっ!志緒が野猿ん事好きになっちまってたらしーんだっ!!!』
朝っぱらから鳴り出した、低血圧な自分には優しくない携帯。
誰だチクショウと半ばキレ気味にディスプレイを見れば、見知らぬ番号で。
仕方なく出てハイと普段の数倍ドスの利いた声を出せば、そんなの関係ないみたいに頭ん中まで響いた大声。
漏れた苦笑は、仕方ないなと思えたからで。
だから、その大声がなんと言ったかなんて、まだ認識出来てなかったんだ。
【隠したって滲むぐらい】
「あーだからー…………は?」
やっと、花道の台詞の重大さに気付いたのは、
『オイ聞いてんのかよーへぇっ』「ハイハイ、聞いてますよ?」『なぁ俺どーしたらいーんだ!?』
…と言うやりとりの後で。
ちょっと待て、と思ったのはだから仕方ない。
いやいや落ち着け、なんて言いながらとりあえず自分を落ち着かせるぐらいベタな事しか、洋平には出来なかった。
だって、
「志緒が……どーした、って?」
聞き間違いであって欲しいという思いは、捨てられない。
思いより願い言うべきソレは、だけど花道の焦ったような声に、一瞬にして砕け散った。
『だからっ、志緒が野猿んこと好きみてーなんだよっ!!』
「あー…野猿って、誰だっけ?」
野猿が誰かなんてもちろん洋平は判っていたし、その名前と、志緒と、好きという言葉を組み合わせれば、花道がこうしてわざわざ自分に連絡してきた意味もだいたい把握出来た。
だけど急激に冷めた脳は、だからこそ巧みに本題をかわす。
『海南の野猿だっ!洋平知ってんだろ!?』
「あー、うん。お前と仲の悪いあの野猿クンね。」
『そーだ仲なんか良くねぇ!!だからどーすんだ俺!なぁよーへぇっ!!』
今きっと花道の脳内では、志緒が野猿を好き→付き合う→結婚する…ぐらいにはなってるんだろうなと思って。
妄想気味のそんな考えに至ってしまう花道が恐ろしいと、洋平は思う。
そしてその考えの中、野猿と水戸洋平を置き換える事なんてないんだろうなと思って、結構に苦しい。
「うーん…まぁ、ホントにそうなら、お前が野猿クンと仲良しになったらいーんじゃねぇの?」
『ふぬっ?あぁっ、ナルホド!!』
だけどこうして洋平が花道に答えを出してやるのは、だって花道には気付かせたくないから。
例えば花道が洋平の想いに気付いて、それが報われなかったら。
花道はきっと単純に洋平を哀れみ、それから志緒が悪くない事も判ってるから、一人悶々としてしまう。
そんな事、目に見えて判る程で。だから気付かせたくない。
そんな花道は見たくないし、第一、志緒が許さない。
「まぁ仲良しになるのはいーけどさ花道、」
『ぬ?なんだ?』
「志緒はホントに野猿クンが………好きなの?」
『この天才の推理に間違いはねぇ!』
「……そっか。」
『おう!』
そう自信満々に答えるから、そうなのかと思えてしまう。
だけどホントは、信じたくなんかない。
この想いを隠し通す事を決意する、チャンスなのに。
漠然としか見えなかったモノが、現実に今、志緒の側に存在する事が、いやに焦りを生んで。
だから伝えたいなんて今しかないなんて切羽詰まった思いが広がる。
でもそれ以上に、失う恐怖は大きい。
動けない。思いが重いから。
『…よーへぇ?どした?なんか元気ねぇ?』
「いや?ちょっと眠いだけ。…それより花道、こんなに長々話してていーのか?野猿クンと仲良しになるんじゃなかった?」
『ぬお!忘れてた……あ、そーだ洋平!』
「ん?なに?」
『洋平も野猿と仲良しになっといた方がいーんじゃねーか?』
「へ?あー、そうね」
『んじゃこっち来いよ!明日っ!』
「明日ーはバイト」
『じゃー明後日!』
「まぁ、暇だけど」
『んじゃ決定!ぜってぇ来いよな!んじゃーなぁー』
「…」
花道らしい強引な約束事に、苦笑が漏れた。
なんだか無意識に、俺を動かそうと後押ししてくれてるみたいだなんて、思えるぐらいには強引で。
それがやけに嬉しかった。