百合華の作品集

□Mimiko―みみこ―
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 俺の名前は佐々木翔太。
 今、夏休みを利用して、海に来ている。
 電車を何本も乗り継ぎ、(船にも乗り)、できるだけ田舎に来た。
  高校生がどうしてそんな事が出来るかって?それは―――
 
 ズバリ、俺の祖母の家だからだ。
 俺は、日常の喧騒が聞こえないなら何処でも良かった。 それを(俺にしては)珍しく口にしたら、母が
「だったらお祖母ちゃまのところに言ってあげて」
 と言ってきたからだ。
「母さん達は行かないのかよ」
「私とお父さんは仕事、桃(妹で、本名は桃香)は来年受験で夏期講習。ね、あんたしかいないでしょ」
 ここしばらく会いに行っていないし、結構祖母の作る料理もおいしい。海も綺麗だ、ということで、二つ返事で承諾した。


 祖母の家に着くと、祖母が戸口に立って迎えてくれた。
「よく来たね、翔(祖母は俺をこう呼ぶ)」
「久しぶり、元気だった?」
「もちろん。さ、あがってあがって、スイカ冷えてるよ」
「ほんと?やった!」
 スイカは俺の大好物だ。俺はすぐにあがり、椅子に座った。
 スイカが目の前に出され、俺は即座にかぶりつく。
 水気をたっぷりと含んだ果実には、ほど良い甘さ。それが口の中に広がり、夏の暑さを忘れさせる。種があるのが惜しまれるが。
―――うーん、美味い……
 そんな俺の様子を、祖母はニコニコしながら見ている。
「大きくなったねえ、翔」
 ……どうでもいいけど、それって会った時に言わないか?
 それにこのシチュエーションではなおさら理解できかねる。
「今日、海に行って泳ぐのかい?」
「うん、そうだけど?」
「そう……」
 祖母は何か言いたそうだったが、それきり口をつぐんだ。


―――さーて、泳ぐぞ!
 熱い砂浜を駆け抜け、水しぶきをあげながら海に入る。気温と水温の差がとても気持ちいい。おまけに海の色。大分深いところに立っているが、足が(多少おぼろだが)ようくみえる。
 これは気持ち良く泳げる

 一時間ほど泳いだだろうか。
 俺は、崖の上に鳥居があることに気が付いた。
―――神社でも在るのか?
 妙に興味がそそられ、一旦海から上がり、家に帰ってシャツを着、そこに行ってみた。

 ある程度古い神社のようだ。
 鳥居のペンキは、多少はげていて、それがかえって厳かな雰囲気を醸し出している。
 注連縄は、これはかなり新しそうだ。
 そこまで考えた途端―――
―――ビョォォォッ
 強い風がふいた。俺は反射的に顔を腕で覆い、そして―――…
シャラララン……

 腕を離して顔を上げると、俺の前の少し離れた所に女が立っていて、こっちを見ていた。
 いや、女の子、と言った方がいいだろうか。俺と同じ、十五、六歳頃の少女だ。とても肌が白く、とても整った顔立ちをしている。ゆたかな黒髪は、後ろで巫女風に束ねている。
 そいつの服装は、神社で見るような、白い小袖(っていうんだよな?)に赤い袴の巫女装束だ。袖の先端に(先ほど鳴っていたと思われる)鈴を縫いつけている。
 それにしても、登場の仕方が奇妙だ。
 前方には、確かに誰もいなかった。そもそも、前方は崖なのだ。誰かいれば絶対に分かるはずだし、俺の横を通るにしたって気づくはずだ。
―――何者だ、こいつ……
 知らず知らずのうちに、緊張していたようだ。呼吸は止まり、手には汗を握っていた。
 すると、そいつはふっと笑って、
「参詣者?―――違うわね」
 その笑みは、今までに見たことの無いほど、艶やかで、美しかった。
「見た事の無い顔だから……引っ越してきた?」
 違う、と言おうとした時、
「あ、お祖母さんの家に来たのね。母親に言われて」
―――どうして分かるのだろう……
「私の名前は『みみこ』―――字は好きに当てて構わないわ」
 なら『美々子』だろう。まさか『耳子』じゃないだろうし。ピッタリだ。
「俺の名前は―――」
「佐々木翔太。―――翔って呼ぼうかしら。あなたのおばあさんにもそう呼ばれてるみたいだし」
 そう言って意味ありげに笑った。どちらかと言うと、《嘲う》という感じだ。その笑みもまた、美しかった―――…。
「また会いましょう。……ここで」
「え、時間とか決めなくていいのか」
「―――いつでもいいわ。あなたの気が向いた時にでも。いつもここの手入れとかしているし、何より私はあなたが来ればすぐわかるもの」
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