紅い胡蝶

□第一章
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―――――15××年 信州上田城にて




「昌幸様、ついにややがお産まれになりました。」

「…して、おのこか?」

「元気な姫様にございます。」

「………そうか…。」

「…昌幸様…?」





―――真田家に一人の姫が産まれる。
名は弁丸。後の真田源次郎幸村。

彼女、いや彼が産まれた時にはすでに運命の歯車にはズレが生じていた。

この歯車のズレは彼から何を奪い、何を与えたのか。



今まだわからない。

だが、ズレと言うのは年月が過ぎれば過ぎる程大きくなる

――――今はまだこれしか言えない





この物語は女としての性を持ち、男として育てられた幸村の物語。


歯車は悲鳴を上げながら動き出す。




『紅い胡蝶』





―――――それから17年後。

上田城の奥の離れではあの時生を受けた真田幸村が健やかに暮らしていた。



「佐助ェ―!!!佐助は居らぬかー!!!」

威勢良く叫ぶ一見少年に見えるのが成長した幸村。

明朝のためまだ寝間着姿で歩いている。彼の朝は修行のため早い。

幸村は今17。いわゆる思春期というやつだが、本人はあまり自覚がない。
身長は17の育ち盛りの青年にしては小さい方。青年に見えても中身は女。
これ以上の成長に期待出来ないし、期待されていないのもまた事実。
髪は茶色がかった黒でショートのようだが後ろ毛は腰近くまである程長く、
大きくはだけた寝間着からは惜しみなく長い手足がすらっと伸び、ついでに乳房まで暴れる始末。
なりふり構わないと言うのはこういうことなのだろうか。


「はいはい、お呼びでしょーか…ってちょっと旦那ァァ!!!」

「どうした、佐助?」

「もう、どーしたじゃないでしょ!早く部屋に入って!!」


どこからともなく現れたオレンジの髪を持つ男――猿飛佐助は急いで幸村を近くの部屋に連れこむ。
特にやましいことがしたいわけではない。

佐助は素早く中に幸村を入れ、誰もいないか確認をすると幸村を座らせる、しかも慣れた段取りで。


「寝間着のまま外には?」
「出てはならぬ。」
「着物は?」
「はだけていてはならぬ。」
「着替えるときは?」
「知らない女中がいないか確かめる。」
「もし、何あったら?」
「すぐに佐助を呼ぶ。」

「わかってるじゃないの。」

ふぅー、と溜め息をつく佐助。
幸村の寝間着の乱れを整える作業に移る、これもまた慣れた手付きで。


「昌幸様と旦那の約束でしょ?毎朝暗唱させてるこっちの身にもなって欲しいよ。」

「ぅ、うむ。わかってる……いるのだが…」

「どーしたのよ、旦那?」

伏し目がちになった幸村を覗き込む佐助。


「ここ数年で約束が厳しくなったような気してならぬ。」

「当然でしょーが。」


スパンと音が響く。佐助の手刀が幸村に当たった音である。
もちろん手加減はしているが、仮にも上司を殴る部下はそういないだろう。


「な、何をする、佐助ぇ!!!」

「お願いだから旦那、女だっていう自覚持って!!」

「わ、わかっておる!!だがしかし…!!」

「旦那はわかってないね!!
いいか旦那。旦那は女の子なの。女の子っていうのは色々あるでしょ?
胸大きくなったり、前みたいに筋肉つかないで肉ばっかり付いちゃったり…
まぁ、前より肉付きよくっていいと思うって…今はそんなことじゃなくって!!
他にも事情とか…ってあるでしょ!?
ちょっとそーゆーこと俺様に言わさないで欲しいなぁ。
俺様は旦那の保健の先生じゃ無くて、戦忍なの!!
当初はそうだったのにいつの間にかオカンの真似事が板についちゃって、まぁ…俺様としたことが。
…って、あぁ!!それに旦那は…!!「猿飛…今空いてるか?」

怒濤の佐助の小言を中断させた声の主は霧隠才蔵。佐助と同じく真田十勇士の一人。
本人はなったつもりはないが、今では佐助の右腕のように働いている。


「才蔵、少し待っててくれ。」

「わかってる。」

「ご理解が早いこって。で、旦那は早く着替えて。修行するでしょ?それまでには朝餉用意して貰うから。」

「ぅむ…承知した。」

「それと、槍は旦那の部屋を出た縁側の端においといてあるから。稽古着は千世さんに言って出して貰って。あとそれから…」

「もう良い、佐助!!後は某で何とかする!!」

盛大な佐助の溜め息とともに幸村は朝の説教(寧ろ佐助の小言)から逃げ出した。




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