オリジナル小説

□雪の降るこの街に(未完)
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T

舞台は19世紀から20世紀の時代の変わる時、仮想のヨーロッパの北部にある町。
山道は険しく真冬になれば毎日のように雪が吹き荒れる、豪雪地帯。
険しい山々に閉ざされたその町に訪ねる者は滅多にいない。
いるとすればその町から出る良質な化石燃料を求める商人ぐらいだろうか。
しかし、専ら来るのは短い夏の間だけあり、長い冬が来る前に帰っていってしまう。
それだけここの冬は厳しいのだ。
気温が氷点下になることは珍しくないし、昼の時間がとても短い。
だからかもしれないが、長い間、この町の住民は狭いこの中だけで住んでいる。
そうすると、自然に町の人全員が知り合いになってしまう。
隣に困っている人がいれば、誰だろうと助ける。
美しい形であるが、ものは考えようで。
何かあると「噂」によってなんでも知られてしまうなんてザラにあること。
「人の口に戸は建てられない」を身を持って知ることになる。
こんなところに住みたくないとは思うが、出てはいけない。
雪が天然の要塞となる町で、また、険しい森にも囲まれている。
この森に明かりなんてある筈がない。
住むのは闇の中でも生き抜く知恵を身につけた獣だけ。
こんなところに住む者なんていない。


誰もがそう考えていた。


「ヴァンパイアとは、人間の血を飲んで生きる生き物である。
共通して人間と違うことは、人間以上の力を持ち、早く走る。
そして、鏡に映ることはない。
十字架に弱いが、殺すためには釘など尖ったものを用いるしかない。
ここが一番重要で、上記で記した通りヴァンパイアは人の血を飲んで生きるが、
この時血を飲まれた人間はヴァンパイアとなる。

 (「ヨーロッパにおけるヴァンパイアの在り方」より)」

バタンと音を立てて本を机の上に置き、「うあ〜…」とあくびをしながら机に伸びる。
涙目になりながら目だけ動かして窓を見ると、外はもう真っ暗だった。
そのまま時計を見ると時計の針が一直線、6時を指していた。
厚い本を一冊読み終えて疲れ切った脳をフル回転させる。
(…っと、セシリアと広場の時計台に…何時だっけ?頭だけ疲れてるな。
あいつ、自分は遅刻するくせに人の遅刻にうるさいんだよな、慣れたケド。
あ、そうだ。今日は六時に家に帰れって言われてるからその前だ。

…あ、思い出した。5時30分に広場の時計台だ…!!!)
勢いよく机から起きあがり、そのまま時計を凝視する。
「やべ」とボソッと言ってから本を鷲づかみし、椅子から落ちるように駆け出す。

(やっちまったー!!)


図書館から飛びだして、脇見も気にせず広場の時計を目指す。
途中ポケットにちゃんとセシリアのプレゼントが入っているか確認するのに何度か人にぶつかり、運動不足で何度か転びそうになりながら兎に角走った。
よろけながらも、雪で凍った道を何度も滑りながら走っていると、前進黒尽くめで、そして、髪の色が眩い程の銀色。
血色が悪く、明らかに他の人々と違っていた。

いや、見た目だけではない。
彼が放つ、オーラと言うか、存在感というか、決して良い意味では取れない異彩を放っていた。
(…この時期に見かけない人が居るなんて…何しにこの町にきたんだ?…まァ、いいか。このまま、体力が続けば、全速力が続けばあと1分も掛からずに着くはずだ。)
っと思った矢先、時計の傍から足早に離れていく一人の少女の姿が目に入った。
一際目立つ真っ赤なロングのコートを着て、そして何より、長いロングのブロンドの髪に、昨年彼女の父親から送られたベルベット地の黒いリボンが白い雪の中で揺れる。

「セシリア!!」

セシリアと呼ばれた少女が振り返る。寒さで頬を赤らめて、目は憎悪に満ちていた。

「誕生日忘れるなんて…本当に最低。」
「忘れてないよ。ちょっと図書館に居たら…」
「それで、本読んでたら忘れちゃったんでしょ?」
「………………」

また早歩きで歩き出す。

「…ま、待ってよセシリア!!」
少年は少女を追って走り出す。
「言っておくけど、アンタが待っててって私に言ったんだからね!」
少年は少女を追いかけなかった、というより追いかけられなかった。
「せっかくの誕生日なのにさ…」
(そう、彼女の誕生日だったのに…)
「パパも帰ってきてくれないのに…」
(セシリアは独りぼっちだから。だから元気にしてあげたくて…)

重いが募るほどに口は重くなっていく。そして彼女は家に帰っていた。
少年は唯、悲しそうに背中を丸めながら、小さい彼女には大きすぎるくらいの家に入って行くのを見守ることしかできなかった。




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