月華綺單

□10.Joie de vivre
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ローゼの声が聞こえた。
月を従える彼女は、涼やかでいて美しく、凛としている。
この感情は恋ではない。
思慕の情に近いそれは……。

「おい、ソーンしっかりしろ!こんな所で寝るな!」

ローゼの声で我に返ると、アルグレッドはローゼを抱きかかえたまま、屋敷の前で立ち止まっていた。

「すみませんマスター…今、降ろしますので」

ローゼは解放されると、屋敷の扉へ走り寄り、クレイの名を呼ぶ。
その背中を見ながら、アルグレッドは、まるであの日の夜のようだと笑みをこぼす。
目はもうほとんど見えていなかったので、あるいはその視界は、思い出の中に飛んでいたのかもしれないが。
結局目に刺さっていた矢も、あまりの痛みに絶えかねて、抜いてしまった。
本来ならその場で死んでいるのだろうが、さすが吸血鬼という事だろう。
昔の自分なら、煩わしく思うその丈夫さに、今は感謝していた。

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