月華綺單
□2.Clair de lune
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暗い森の中を、ただ満月のみが照らしている。
その唯一の灯りすらも、流れる雲に遮られ、度々漆黒の闇を連れてきた。
一人の男が、そんな森の中をさまよっていた。
闇色の外套を羽織った、24、5の男だ。
時に暗闇にとけ込んでしまう黒髪のその男は、灯りをまったく持たずに歩を進めている。
草木だらけの道ともつかぬ道を、しっかりとした足取りで進む姿は、そこだけ切り取ったように浮いて見えた。
男は吸血鬼だった。
正確に言えば、吸血鬼の子孫か。
いつからか女の吸血鬼が居なくなり、吸血鬼は人間と交わる事で、その遺伝子を後世に残してきた。
今ではその血はかなり薄くなり、吸血鬼らしさと言えば、血を吸う事と、いくつか人間にはない能力が備わっているのみだ。
しかしその能力のおかげで、男は今、暗闇の森を苦もなく歩く事ができるのだ。
闇の中では、生き物のうちで最も強いのが、吸血鬼なのだから。