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□お薬は愛情で
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『風邪、ですか?警視が風邪とは随分珍しいですな』

携帯電話のスピーカー越しに、野太い声が響く。
普段から声が大きすぎると注意をしている部下の剣持の声だ。
明智はそれを自室の布団の中で聞いていた。

「ええ、とりあえず現場の指揮はあなたにお任せしますので、何かあったら私に連絡して下さい」

熱のせいか、気だるくて仕方がない様子で電話越しの相手へ返答をする。

『はあ、分かりました。では、お大事に!!』

一際大きな声で剣持の声が聞こえたかと思うと程なくして会話が切られ、電話がプツリと切れた。
明智は、一つ大きな溜め息を吐くと握っていた携帯をベッドサイドのテーブルへと投げ置いた。

「最悪ですね。」

昨日、雨の中を傘も差さずに現場を指揮していたのが悪かったらしい。
寒気と節々の痛みを感じ、さすがにマズいと思った明智は早々に帰宅し布団に入った。
だが時既に遅く、今朝に至ってはあまりのだるさに布団から出る事すらままならなかった。
普段から健康管理には気を付けていたのに、まさか風邪などで仕事を休まなければならないとは…完全な失態だ。

「せめて熱が下がれば動けるのですが…」

こういう時に自分の平熱の低さを恨む。
元々体温が低い明智は、38度前後まで熱が上がると起き上がる事すら出来なくなる。
現に、先ほどから薬を飲む為にも何かを胃に入れたいと思っているのだが、起き上がる事も気だるくて布団から出られずにいた。

「病気になると、心細くなるというのは本当なんですね…」

もしかしたら、このまま一生この布団から出られないのではないか。という気さえしてくる。

こんな時に、無性に恋人の声が聞きたくなってしまうのは、きっと気が弱っているから。

(来るわけが無いのに…)

はじめに心配を掛けたくないので、自分が寝込んでいる事は一切教えていないのだ。
それにこの時間、学生が本業の彼は授業中の筈だ。
ここに来る筈が無い。

(はじめ君…)

分かってはいるのに、心が欲してしまうのは、病気で弱っているせいだ。

(薬は諦めて寝てしまおう。)

このまま起きていたら、我が儘がエスカレートしてはじめを呼び出しかねない。
少し休めば体力は幾分か回復する。その頃にはこの我が儘な気持ちも落ち着いているはずだ。
薬を飲むのはそれからにしよう。

明智はこの気持ちに蓋をするように瞳を閉じた。






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