刀*語

□face to face
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「…………」


いつもの様に昼寝をしていただけというのに何を間違えたのだろうか。
自分のものじゃない長い髪が鼻先を掠め薄く目を開くと、見慣れた刀が目の前に居た。
無垢で屈託のない黒い瞳と至近距離で目が合い、思わず溜息を吐くと俺に伸し掛かっている男は不思議そうに首を傾げた。















「虚刀流の兄ちゃん。また来たのかい」
「ああ。アンタに会いに来た」


寝起きで動きが鈍い身体に鞭打って無理に上に乗っかってるこの男を除ける事もせず、呆れ半分に問う。
何の戸惑いもなく返事を返す刀に再び溜息が漏れた。
単純で直球に物を言うこの男に恥はないのか。
いちいち素直に自分の心中を伝えてくれると俺の神経がもたないのだが。


「…大体こんな砂漠まで、わざわざ俺に会いに来たいと思うかよ」
「当たり前だろ。俺はアンタを愛しているんだ。好きな人には会いたいと思うだろう」
「だから俺を殺さなかったというのか? 甘いねぇ、虚刀流」


真っ直ぐと見つめてくる男を見上げる形で嘲笑を向ける。


「第一、兄ちゃんにはあの姉ちゃんが居るだろう」
「姉ちゃ…? ああ、とがめの事か。あいつがどうかしたのか?」
「好い人がいるのに俺の所へ来るっていう意味が、俺には分からないって事さ」


女が居るのにわざわざ男の元へ会いに行く奴の気が知れない。
衆道よろしく非生産的な関係を持っていても何の役にも立たないだろう。
それに変体刀を全て集めた今、俺とこの男を繋ぎ留めるものなんざ一つもない筈だ。

何故まだ此処へ来る。
変に期待を持たせるんじゃない。
後で辛いのは俺だけなんだから。
この気持ちに、自分自身が気付いてしまう前に、消えてくれ。


「好い人…って言ってもなぁ…」


困った様に眼前の男は片頬を掻く。
いい加減伸し掛かられて圧迫された片腕が痺れてきた。
それでも黙って見つめていると、直ぐにまた真摯な眼差しを向けられた。


「とがめは俺にとって掛け買いの無い人だ。俺を無人島から出してくれたんだからな。でも、アンタは違う」

「どうしてかは俺にも分からないけど、アンタはとがめとは違うんだ」

「アンタは、とがめと居たら感じる事の出来ないものを持ってる。ほっとするっていうか、何と言うか…側に居たいと思う。触れたいと思うんだ」


不意に感じた掌の温もりにギョッとする。
いつのまにか俺の片頬に添えられた男の手が、俺の頬を撫ぜたのだ。

不思議と驚きはしたが不快とは感じなかった。
その純粋で恐ろしく危うい切れ味を持つ刀であるというのに、頬に触れた手つきは優しげで。
まるで慈しむ様に肌を撫ぜる指先も鋭利さの欠片もなかった。

自分の気持ちに気付くのが怖かった。
真剣に、真っ直ぐに己の気持ちを向けてくるこの男と向き合うのが怖かった。
ずっと俺はこの城と斬刀・鈍と共に生きてきたから。
人と接する方法なんざとっくの昔に忘れてしまったのだから。


「…宇練? どうしたんだ?」


―――人の温もりが、俺には焼き切れてしまいそうな程に熱い。


「宇練、どうしたんだ。どうしてそんなに哀しそうな表情をするんだ」


怪訝そうに、そして不安がる様に顔を覗き込む。
その視線すらも俺には眩しくて、眼前の男の視線から逃れる為に目を閉じた。

やめろ、やめてくれ。
これ以上俺を苦しめないでくれ。
もう何かを失いたくない。
失うものをこの手に得たくもないというのに。






























face to face
(向かい合って七花と自分自身を見る事なんて出来ない)
(また孤独になるのが怖いのだと、そう思う自分の気持ちに気付くのが怖いから)







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