刀*語

□愛し過ぎて憎過ぎるあの日々
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「とがめ。疲れたのか? おぶってやるよ」


そう背後から聞こえて思わず胸がぴしりと凍り付く様な感覚がした。
咄嗟に二人の前を歩いていて良かったさえ思う。
仮面を付けていても、この動揺を隠し切れるか自信がなかった。


「あいつ、前向いてるから大丈夫だって」
「…でも……」
「来いよ、ほら」
「…っ…ダメ、やっぱりダメ!」


などと言って奇策士と虚刀流が何とも不毛なやり取りを後方で行っている。
見ていなくとも充分聞こえているのだが。
まぁそれでも奇策士の自尊心が守られるというのならば何も言うまい。


ただ、少し懐かしくなった。


この二人の様に睦まじい応酬に失笑などしない。
何故なら私もこの雰囲気に既視感を抱いていたからだ。
それはもうずっと、遥かに昔の事だった。
私とあの男が、まだ親友であり恋仲でもあった頃の。

あの男はよく私を担ぎたがった。
僅差で私より背丈が低いのが癪だったのか、よくその腕に抱かれては目線を合わせられたものだ。
こちらから言わせれば自分よりも小柄な男に軽々と担がれる事が癪だったのだが。
第一その様な女に対して行うものという印象を受けられる行為を進んで受け入れる筈もない。
だが、私はそれが大嫌いという訳でもなかった。

あの男が私を腕に閉じ込める時。
嬉しそうに歪ませる口許が、私は好きだった。
あれを見れるのならそれくらいの羞恥だって飲み込めると思っていた。
その優しげな腕が、私は心地好いと心から感じていたのだ。

あれからもう随分経つ。
つまりあの男が私を裏切ってから幾何か経つ、という事であるが。
私は未だあの男を恨もうという気持ちが起こらない。
一度懸想の念を抱いてしまったからであろうか、何もかも失ったあの日から私は心底からあの男を恨む事が出来なかった。
ただ会いたい、という感情だけ。
何時までも燻っていた想いを、この二人を通してまざまざと思い知らされた気がした。
私はまだ、あの男を忘れられないのだと。

こうして任を全うしている間でも気掛かりで仕方がないのだ。
ちゃんと食事を摂っているのか、とか無事でいるのか、など。
あの男は放っておけば団子しか食べないし平気で無茶な事でも熟そうとする。
長年会わない事によって不安だけが募っていくのだ。
会いたくて、触れてその存在を確かめたくて、堪らない。


「無茶すんなって」
「うむ…」


虚刀流の甘やかす様な声音に、奇策士の照れを含んだ返事。
その何とも微笑ましい会話に思わず振り返ってしまった。
途端にはた、と二人と目が合うが、不躾にそのままじっと注視する。

ああきっとこの二人の男女は自分達が離れる事はない、と確信しているに違いない。
勿論そう思っていないやもしれないが、私はそれを否定しない。
否、出来ないのだ。
かつて私がそう信じて疑わなかったのだから。


何も知らないでいる間が、一番美しい。


驚いた様子の眼前の男女に小さく微笑む。
刹那の内に真っ赤になる奇策士や半眼になる虚刀流から察して今の微笑は嘲笑に捉えられたに違いない。
弁解するつもりはなかった。
寧ろ私はそれでいいと思った。
人の仲睦まじい様に羨望を抱くなど惨めでならない。
況してやそれを知られたくはなかったのだから。

再び歩き出した自分の足が、まるで他人のものの様に感じながら私はまた前を向いた。






























愛し過ぎて憎過ぎるあの日々
(狂おしいまでに)
(まだ飼い続け、胸の内で暴れ続ける慕情)







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