刀*語

□嫁がされた刺客
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そんなこんなで12頭領が住んでいるという一回り大きな家屋に着いた。
尾張の邸宅程豪奢ではないが、古い趣があり良い造りの家だ。
勝手知ったる我が家、とでも言う様に、やっと右衛門左衛門を地に下ろした鳳凰がそのまま中へと入って行く。
突然の展開に当惑を隠せない。
後を追って来い、という事なのだろうか、右衛門左衛門は仕方なしに履物を脱いで鳳凰の後に続いた。


「…分からず。お前は一体何をしたいのだ」
「直に分かる。まぁそれ程警戒する様な事ではない事は確かだ、安心しろ」


何を安心すれば良いんだ、と胸中に思ったが敢えて言いはしなかった。
質問に答えては襖を開けた目の前の男に右衛門左衛門は疑念を深めるばかり。
客間の様なこざっぱりした部屋に通され座る様に言われたかと思うと今度は鳳凰がその場から居なくなる。
一体全体どういう事だ、と小首を傾げる暇もなく、また戻ってくるのだから余計に分からない。


「待たせたな、右衛門左衛門。では大事な話をしようか」
「ああ。やっと本題に入る事が出来るのだな」
「大事な話と言っても肩に力を入れて聞く程のものではない。酒でも呑んで話すのも良いであろう?」


右衛門左衛門の眼前に腰を下ろしたかと思えば、今度は酒瓶を掲げてみせる鳳凰。
先程姿を消したのはこれを取りに行く為だったのかと察すると同時に、右衛門左衛門は渋々男の珍しい誘いに乗る事にした。
本来ならばそれさえ断って早急に話を聞き早急に尾張へ戻らねばならないのだが。
存外初で純情で真っ直ぐな右衛門左衛門には誘いを断る術などあってなき様なもの。
居心地悪そうに急に挙動不審になる右衛門左衛門に鳳凰は小さく口許を歪ませた。


まぁ、何時ぞやの12頭領の一人である真庭人鳥ではないが、それは誤りだった。


漆器の様な朱く底の浅い椀を手渡され、そこに透明な液体を注がれる。
雅な椀とは凝り性な男だ、と思いながらも右衛門左衛門は香り高い酒を見つめる。
鳳凰もまた同じ様に朱い漆器を持ったので、右衛門左衛門は怖ず怖ずと口を付ける。
それを見届けた鳳凰はより口許を吊り上げて自分の酒を呑み干した。
単なる付き合いで酒を呑んだに過ぎない右衛門左衛門であったが鳳凰は彼の予想だにしなかった事を考えている。
それを右衛門左衛門が知ったのは畳の上に鳳凰が椀を置いた後であった。


「さて、右衛門左衛門よ」
「何だ、鳳凰」


「これで我等は夫婦になった」


「………………は?」
「今の酒は夫婦を誓う縁結びの盃でな。おぬしの言葉を借りると手順を省かせてもらった」
「な…な…」
「まぁ、流石にここまで省略すると訳が分からないだろう。だから我はおぬしこれだけは伝えねばなるまい」


突然の爆弾発言に絶句する右衛門左衛門。
手に持っていた椀、もとい夫婦を誓う為に盃を動揺のあまり落としてしまう。
幸いにも酒は入ってはいなかったが、ぱくぱくと口を開いては閉じる右衛門左衛門は相当混乱しているに違いない。
数瞬後やっと口を閉じた彼は、仮面越しでも分かる程に顔を紅潮させた。
その様に構わず右衛門左衛門の手を取ると、鳳凰は躊躇う事なく彼に伝えた。


「我と夫婦になって欲しい」






























嫁がされた刺客
(これはほんの始まり)






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