刀*語

□嫁がされた刺客弐
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「信じず!」


真っ赤な顔のまま右衛門左衛門は鳳凰の手を振り払う。
明らかに動揺している彼の様子を見つめながら鳳凰は小首を傾げる。


「何が信じられぬと言うのだ?」
「全てだ! 当たり前だろう! いきなり何を言い出すかと思えば…!」


そこまで言いまた右衛門左衛門は頬を紅潮させる。
仮面で表情が読みにくくなっているにも拘わらず分かりやすい事だ、と鳳凰は胸中で独り言ちる。
この際彼が右衛門左衛門の初な反応に密かに愉悦を感じていたのは秘密だ。


「だ、大体唐突過ぎなのだ、お前は」
「それは我も自覚している。故に最初に手順を省かせてもらうと言ったのだ」
「それに、私は男だ! お前だってそうだろう」
「当たり前だ。おぬしはともかく、我の何処が女に見える」
「解せず。その言い様は解せないぞ鳳凰。いや、ならば何故、お前は私に夫婦になってくれなどと言った」


落ち着きなく、それでもきちんと鳳凰と対座する右衛門左衛門。
冷静になろうと必死になっているのが見て取れて鳳凰は密かに笑みを零す。

こうして自身の求婚に呆れるではなく照れる様な所作を見せくれた事が嬉しいと思う。
情けない限りだが諸々の途中経過を省いてでも、彼に側に居て欲しいと思っていた。
だからこそ右衛門左衛門が何と言おうが鳳凰は依然として答え続ける。


「趣味の悪い冗談ならば止めろ」
「冗談? 我が冗談を言う男に見えるか? 我は至って本気なのだ」
「ならば…」
「どのみち盃は交わしてしまった。刹那の内に縁を切るなど出来るものではなかろう」
「っ……」
「それとも、右衛門左衛門よ。おぬしは我と夫婦になるのは―――…」


鳳凰が右衛門左衛門に反問を投げ掛ける。
するとその途中、不意に部屋の襖が開いた為鳳凰は一瞬閉口した。
突然の来訪者に右衛門左衛門さえも視線を横にずらすと、小さく彼は驚いた様に息を詰める。


「ほ、鳳凰さま…」
「何じゃ、客人が居ったのか。それはすまなかったな」
「人鳥に海亀…いや、良い。それよりもどうしたのだ」


突如やって来た12頭領の中の二人、魚組の二頭領に鳳凰は怪訝を感じる。
彼等が鳳凰に用があり訪ねてくる事は少なくないが、二人揃ってくるなどとはなかなか珍しい事だ。
或いは途中でばったり会った可能性も高いが。

しかし右衛門左衛門からすれば何故今この時機に、と思っているのだろうと鳳凰は推測する。
彼等は一度右衛門左衛門に暗殺を目的として刃を――正確には銃口を向けられた事がある。
真庭の里にこうして居る事によって余計ないざこざが起きるのを案じているのだろう。
現に唯一表情の窺える口許が一文字に引き結ばれている。
平素と変わらないようでいて実際困惑しているに違いない。


「いや、大した用ではなかったのでな、客人が居るならば後に回す事にするかの。……しかし…」
「どうした」
「何処かで見た顔だと思うのだがわしの気の所為か…」
「あ、こ、この人…お、尾張の否定姫の従僕の方…だと、お、思うんですけど…」


きた、とばかりに右衛門左衛門が肩を跳躍させる。
その一方で海亀は人鳥の言葉を聞き思い出した様にぽん、と掌を拳で叩く。


「ああ、お主あの時信濃で会った忍か」
「…違はず」
「という事は鳳凰に嫁ぎに来たというのもお主だな」
「は?」


苦々しく応える右衛門左衛門だが、海亀が紡いだ不可解な言葉に思わず素頓狂な声を上げた。
そんな彼を余所に海亀は一人納得した様に腕を組んでうんうんと頷く。


「以前から鳳凰に近々嫁を娶ると聞かされておったのだが…そうか、やはりお主だったか」
「どうだ、海亀。これ程腕の立つ忍が嫁に来れば真庭も安泰だろう?」
「ああ、手柄だぞ鳳凰。おまけに別嬪とくれば自慢の嫁であろうに」
「あ、あの…お、おめでとうございます、鳳凰さま…」
「わしもあと十年若ければのう、可愛い嫁でも貰っておったろうに…おお、狂犬には後できちんと知らせておくのだぞ」
「分かっておる」
「…っ……!」


鳳凰達が悠長に話をしているその横で、右衛門左衛門は拳を震わせる。
鳳凰が自身を嫁にすると、あろう事か他の真庭忍軍の頭領に言い触らしていたなどとは。
面目を潰された挙句大恥じを掻かせられたも同じである。
何より彼等が男である自分が嫁に、という表現に何ら疑問を抱いていない事が一番不思議であった。


「…? 右衛門左衛門? どうしたのだ」
「…鳳凰、」
「うん?」
「一発殴られるがいい」


鳳凰が首を傾げる様にしながら右衛門左衛門の顔を覗き込む。
俯き気味だった仮面の彼が顔を上げると、真っ直ぐに鳳凰を見つめた。
かと思えば突然鳳凰が吹っ飛ぶ。
綺麗な正拳突きが彼の顔面を捕らえた為である。

障子戸を巻き込んで鳳凰が縁側の先の外へと倒れる。
それを垣間見る事なく右衛門左衛門は立ち上がりくるりと背を向ける。
事の次第をただ見つめているだけの真庭海亀と真庭人鳥を残し、右衛門左衛門はそのまま歩き出して行ってしまった。


「許さず!」






























嫁がされた刺客弐
(何じゃ何じゃ、いきなり痴話喧嘩か)
(う、海亀さん…そ、そんな事…い、言っている場合では…な、な、ないかと…)







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