刀*語

□薄笑いと、
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「知ってるぜ、お前の事。こいつの女だった奴だろ?」


一体何がいけなかったのか。
何故こんな事になってしまったのか。
そんな事を思いながら右衛門左衛門は思わず後退る。
目の前に居る男に対しての警戒からだ。
見知った筈の男の予測不可能な行動を危惧しての所作である。

明らかな悪意を含み歪められた口許と普段よりも紅く染まった目元の隈取り。
それに見覚えがない訳がない。
右衛門左衛門は静かに、注意深く鳳凰の中に居る人物に対し口を切った。


「…当たらず。私は女ではない。れっきとした男だ」
「恋仲だったって事を言いてぇんだよ。というか、実際分かってても信じられねぇな。あんまり細っこいモンだからてっきり俺の勘違いかと」
「要らず。大きなお世話だ。それよりも、お前……いや、貴殿はあの伝説の刀鍛治と言われた四季崎記紀殿なのか」
「ご明察だ。流石俺の子孫の従僕ってだけある」
「有らず。その情報と私が貴殿の素性を言い当てたのは何ら関係ない」


そう言いつつ右衛門左衛門は問い掛けた事に少なからず後悔をしていた。
まさか本当に四季崎記紀だったとは。
しかし何故今更彼が現れたのだろうか。
鳳凰が毒刀・鍍を所有していたのは大分前の事であるというのに。
手放した今でもこの様に意識を乗っ取られてしまったという事はそれだけ毒性が強かったのか。
はたまた奇策士や真庭人鳥が言う様にただ鳳凰が乱心しているだけなのか。
何もかもが理解し難いものであるが故に、突然豹変してしまった鳳凰を前に右衛門左衛門は困難する他ない。


「にしても…」
「……?」
「お前見れば見る程良い女じゃねぇか。肌も白いし目元が見えねぇってのも色気がある…好きだぜ俺ぁお前みてぇなの」


ニヤリ、という表現が最も相応しいと思える程の笑み。
普段この鳳凰が決して浮かべる事など皆無であろう程の。
思わず右衛門左衛門は絶句した。
近付いて来る鳳凰――もとい四季崎に対して距離を置く努力さえも忘れ、ただただ呆然とした。

これは鳳凰ではない。
頭ではそう認識している筈なのに酷く胸が騒ぐ。
主の祖先に容姿が好きだと言われた事に何故自分が動揺しているのかさえも不可解だ。
いくら容貌や声が鳳凰のままと言えど、中身は四季崎であるというのに。
自身の想い人は決してこんな軽薄な事を言う訳がないというのに。

突如片腕を掴まれた感覚に意識を取り戻す。
すると目の前、しかも鼻先が触れそうな程の至近距離に居た四季崎に右衛門左衛門は驚愕した。
そして瞬時にしまった、と悟る。
一気に間合いを詰められ、不意に足を払われそのまま押し倒された。

唐突な事とは言え刀鍛治如きに不覚、と思うも束の間、右衛門左衛門は近付けられた鳳凰の顔に抵抗が出来なくなる。
どんなに中身が別人であっても外見は愛しい男のままなのだ。
自身に伸し掛かってきた四季崎に為す術もなく当惑する。
すると更に口許を歪め眼前の男は悪魔の様に右衛門左衛門の耳元で囁く。


「こいつが愛して愛して止まないお前を、こいつに乗り移った俺が奪ったってなればさぞ面白れぇだろうな」


至極愉快そうに言葉を紡ぐ四季崎に、右衛門左衛門は仮面の下の目を人知れず見開いた。
今度ばかりは驚愕や困惑だけでは済まされない感情が芽生える。
恐怖である。

背筋が凍り付く様な、怯え、慄きと似た感情。
かつての親友であり恋人だった男を、人格は別人であるというのにも拘わらず初めて怖いと思った瞬間だった。
鳳凰に裏切られた時でさえ、こんなにも不安や恐ろしさを感じた事などなかった。

いつの間にか頭上で両手を一括りにされ右衛門左衛門は逃げる事が出来なくなる。
普段ならばこれくらいの拘束などいとも簡単に抜け出せる筈だ。
だが正確な判断の出せない思考回路ではどうする事も出来なかった。

静かに近付いてくる四季崎の顔に、右衛門左衛門は制止の言葉を紡ぐ為に口を開く。
咄嗟な抵抗だったのだが、それも突然降ってきた男の唇によって塞がれてしまった。































薄笑いと断罪宣告
(背徳感と屈辱、悪ふざけと征服欲)
(そしてこれから始まる三角関係の予感)







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