刀*語

□嫁がされた刺客参
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「―――右衛門左衛門、」


背後から名を呼ばれ思わず身体を硬直させる。
だが次の瞬間右衛門左衛門は追い掛けてきた鳳凰を振り切る様に走り出す。
会いたくない、という訳ではない。
ただ自身の顔を見られたくないと思った為である。

突如木々の枝を縫う様に駆け出した右衛門左衛門に鳳凰は少し驚く。
だが直ぐに速度を上げて鳳凰も彼を追う。
しかし互いに同等の能力を持つ忍なのだから埒が明かない。
そう思った鳳凰だが、直ぐに地の利がある彼に軍配が上がった。

素早く先回りし右衛門左衛門の眼前に姿を現す。
それに怯んだ処に鳳凰は彼の片腕を掴み無理矢理制止させた。
抗う右衛門左衛門を木の枝の上で宥める。


「右衛門左衛門、」
「…ッ…!」
「すまなかったな」


鳳凰の言葉に右衛門左衛門が一瞬抵抗を止める。
かと思えば直ぐに顔を背ける元忍者に鳳凰は少し安堵する。
どうやら再び逃げようとは思っていないらしい。


「おぬしを辱めてしまった事、本当にすまなかったと思っている」
「…………」
「それに、突然あの様な形で契りを結ばせてしまった事も」
「…………」
「…すまなかったな」
「……私は、別にその事で逃げた訳ではない」


鳳凰を見ないまま、右衛門左衛門が静かに口を切る。


「確かに少し腹立たしいとは思った。だがそれは大した事ではない」
「ならば何故?」
「姫様の事だ」
「…………」
「“許さず”。私は自分が許せない」


強張らせていた肩から右衛門左衛門が力を抜く。
それと同じくして鳳凰は掴んでいた彼の腕を放した。
顔を逸らし俯いて、唯一表情の読み取れる口許を大きな襟で隠し、右衛門左衛門は少しずつ言葉を紡いだ。


「私には姫様が居る。心身を捧ぐべき絶対無二の主だ」
「…………」
「あの方が輿入れする前に、私が先に身を固めて良いとは思えないのだ」
「は…?」
「せめて姫様が嫁がれた後にと思っていたが……くっ…やはり私は自分が許せない!」


思ってもみなかった事を口走る右衛門左衛門に、今度は鳳凰が驚く番であった。
彼が怒りを覚えていたには違いないようだが、まさかその様な理由だとは流石の鳳凰も思ってはいなかっただろう。
夫婦の契りどうこうの事よりも、否定姫の後先についてだったとは。

やっと顔をこちらへと向けた右衛門左衛門。
その表情は焦燥と困惑とが混ざり合っていたが何処か滑稽に見えて仕方がない。
鳳凰はこの時右衛門左衛門の純粋さや真面目さを改めて垣間見た気さえした。


「姫様に何と説明すれば良いのだ…」
「……普通に身を固めたと報告すれば良いのではないか」
「出来ず! そんな軽薄な心持ちで姫様の面目を潰したらどうする…!」
「…なぁ、右衛門左衛門よ」
「何だ…」
「という事は、おぬしは我と夫婦となる事については異論は無い、という事か?」


鳳凰に反論した際にまた真摯な表情で右衛門左衛門は激昂する。
それに思わず笑いを零しそうになるのを堪えて鳳凰は仮面の忍に問い質す。
途端に驚愕した様に閉口する彼に、鳳凰は先程言い止した言葉を再び紡いだ。


「おぬしは我と夫婦になるのは嫌か?」
「……有らず。そうではない」
「そうか」
「寧ろ嬉しいと…思っている」
「…!!」
「だが…やはり私は姫様が心配なのだ……私一人だけが幸福を掴んで良いものだとは…」
「右衛門左衛門…」


突然の右衛門左衛門の告白に鳳凰は頭上に雷が落ちた心地になる。
今の混乱振りから恐らく無意識下に口から漏れ出たに違いない。
しかしそれでも鳳凰は欣然を感じずにはいられなかっただろう。
拒否されるかもしれないという覚悟をしていた分だけその安堵も大きかったのだ。

顎に指先を当て思案する右衛門左衛門。
不意に鳳凰はそんな彼に腕を伸ばし、正面から抱き締めた。
そして抱擁を強くし彼の肩口に顔を埋める。


「ほ、鳳おっ…!」
「愛しておるぞ、右衛門左衛門」
「…ッ…!?」
「我と夫婦になってくれ」


突然の事に驚くも束の間、鳳凰に耳元で懸想を囁かれ右衛門左衛門は顔を真っ赤にした。
強く抱き締められている為抗う事も出来ずあたふたと動揺する。
そんな様子を見て、鳳凰は更に抱擁をきつくし右衛門左衛門の頬に口付けした。






























嫁がされた刺客参
(今度我が直々にお姫様へ挨拶に行こう)
(い、要らず! そんなもの必要ない…!)
(何故だ?)
(言っただろう、姫様の為だ)
(そうか? 我が思うに今直ぐ露見しても特に大事ないと思うが…)







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