刀*語

□嫁がされた刺客参
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「ほ、鳳凰さま…!」


家屋の外へと吹っ飛んでいった鳳凰。
彼を殴った張本人である仮面の忍の背中を見送っていた人鳥、海亀。
彼等が不意に視線を鳳凰に戻す。
人鳥が障子の上に横になっている朱い忍の前まで駆けて行くと、彼は漸う上体を起こした。


「ほ、鳳凰さま…! あ、あの、大丈夫ですか…!?」
「ああ、大事ない。少し戯れが過ぎた、今のは明らかに我が悪い」
「おい、鳳凰」


片頬を赤くし口端を切らしながらも鳳凰はけろりとしている。
そんな様子に人鳥が呆れて良いのか驚いたら良いのか困惑する。
すると未だに縁側よりも奥、敷居の向こう側で佇んでいた海亀が鳳凰に声を掛けた。


「嫁が飛び出して行ったが、おぬし追い掛けなくても良いのか?」
「ああ、直ぐに追い掛ける。だが此処で共に暮らすというのは流石に無理であろうな…」
「め、娶られないのですか?」
「いいや、娶る。しかしあの男にも仕事というものがある。それは我が口出し出来る事ではあるまい」


鳳凰が障子戸の上から立ち上がる。
存外しっかりとした足取りで家屋の中へと戻る彼に人鳥は疑念に思いながらその後を追う。
不意にぽつり、と鳳凰が呟いた言葉に、小さな少年は再び驚愕した。


「下手をすると、夫婦の契りよりもあのお姫様の側を取り兼ねんな」


突然振り返った鳳凰が何処か寂しげであると人鳥は思った。
痛々しい殴られた跡を別として、彼の浮かべた苦笑が寂しそうだった。

思えば鳳凰は真庭忍軍12頭領が一人、そしてその実質的な頭。
右衛門左衛門は尾張幕府直轄内部監察所総監督補佐、つまりは否定姫の腹心である。
かつては共に良き親友として共に過ごしていた時もあった。
だが今は違う。

全てが決裂したあの日を境に右衛門左衛門は鳳凰にとって遠い場所に位置する事になった。
彼は否定姫の懐刀となり、心身を捧ぐべき主として彼女の為に暗躍している。
そんな右衛門左衛門が姫を捨て置く事など出来る筈がない。
例え鳳凰が願い請うても、やむを得ない状況下に於いてもそれは有り得ない。
夫婦の契り、それ自体が彼にとって有り得ないものであっても不思議ではないのだ。

だからこそ最終手段を鳳凰は使った。
結果は重々承知している、だがそれでも右衛門左衛門は大切で。
昔の様にとは望まない。
ただ一方的なそれを受け止め、知っていて欲しいだけだった。


「…すまぬが少し出て来る」
「おお。きちんと話を付けて来るんじゃぞ」
「い、いってらっしゃいませ…」


右衛門左衛門が出て行ったであろう廊下を通り、土間を目指して歩いて行く。
見送りに来た海亀や人鳥に片手を上げて家屋を出る。
そう遠くには行っていない筈だと、鳳凰は元来た道を辿る事にした。

























「あ、あ、あの…鳳凰さま…!」
「うん? どうした、人鳥、」
「あの…壊れたし、障子戸は……ど、どうするおつもりでしょうか…」
「………狂犬には聞かれたら我が壊したと言っておいてくれ。帰ったら我が直すともな」
「鳳凰、おぬしも大概子供じゃのう」






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