刀*語

□暴露された刺客
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ある日。
日本を東奔西走し尾張の否定姫の屋敷へと帰って来た右衛門左衛門。
そして普段通り天井裏にて否定姫に報告をしていた時の事。


「…ただいま戻りました」
「あら右衛門左衛門、随分早かったのね〜」


刹那、右衛門左衛門がビシリと凍り付く。
動きが凍り付いたのはこの際当然として、更には思考回路までもが凍り付いた。
しかし立て続けに否定姫から紡がれた言葉に長年彼女に仕えてきた右衛門左衛門は直感的に悟る。


「今回の頼み事は面倒そうだったからもっと時間が掛かるものだと思ってたけど? アンタならこれくらい訳なかったみたいねー」
「…………」


姫様むっちゃ機嫌悪い。




















「……あの、姫様…」
「何よ?」


先の声高な口調とは一変し、否定姫は頗る不機嫌そうに返事を返す。
それに臆する暇もなく右衛門左衛門は早急に頭を回転させる。
一体何が原因だったかを探る為に。
確か屋敷を出る時は普段通りだった筈だが。


「右衛門左衛門、私がどうして機嫌が悪いか分かる?」
「…! い、え…あの…」
「そりゃそうよ、アンタが居ない時の事だったんだから」
「はぁ…」
「下りてきて」


ますます混乱する右衛門左衛門。
しかし否定姫はそれを傍目に開いていた扇子を閉じる。


「し、しかし…」
「下、り、て、き、な、さい!」


あまり主人の前に顔を見せるべきではないと考える右衛門左衛門は否定姫の言葉に渋る。
すると今度は彼女の方が痺れを切らして扇子の先端を畳に叩いて催促する。
相当怒っているのが容易に知れる。

慌てて否定姫の前に現れる右衛門左衛門。
恐れ多いのかそれとも恐怖を感じているからなのか、下を向いて跪く。
それを苛々としながら否定姫は見つめ、顔を上げるように言うと脇息に体を預けた。


「ねぇ、右衛門左衛門?」
「…はい、姫様」
「アンタ、私に何か言わなくちゃいけない事があるんじゃないの?」
「は…」
「惚けても無駄よ」


コツコツと小気味良く右衛門左衛門の仮面を扇子で叩く否定姫。
話の経緯が理解出来ていない従僕にしてみれば惚けるも何もない。
思い当たる節がないのだ。

すると否定姫は眉を顰めて更に機嫌を損ねてしまう。
右衛門左衛門がしまった、と思った次の瞬間、主は彼の思いも寄らなかった事を口にした。


「アンタ、真庭鳳凰と結婚したらしいじゃないの」
「……………え?」


思わず素頓狂な声が漏れる。
彼のそんな反応に畳み掛ける様に否定姫は続ける。


「アンタが居ない間に真庭鳳凰が此処に来てさ。私に何て言ったと思う?」
「…………」
「“右衛門左衛門をくれ”だなんて、いきなり何言い出すかと思えば夫婦になったって言うじゃない」


口許は笑っているが美しい碧眼が全く笑っていない。
そんな否定姫の怒気に右衛門左衛門は羞恥よりも恐怖と鳳凰に対する憤怒をまざまざと感じた。

大体あの男は何故こうも予測不可能な事を実行に移すのだろうか。
あれ程否定姫には内密にと言ったというのに。
にも拘わらず結果こうして不愉快極まりないとばかりの主に途方に暮れる。

言い訳などする気はない。
この際一思いに罵られた方がまだ納得がいく。
唯一無二の主の顔に泥を塗る事になった自分への咎なのだと甘んじて受けられる。


「……姫様、申し訳ござ―――…」
「そうよ、何でもっと早く教えてくれなかったのよ!」
「………っ…?」


次に浴びせられる筈だった罵声が降って来ない為一瞬右衛門左衛門は不審に思う。
かと思えば、否定姫の言葉に今度は疑念を抱く。
またもや思いも寄らなかった言葉である。
重臣は咄嗟に主を見上げた。

怒っている。
しかし、先よりもぎすぎすした空気はなく、頬を膨らませてそっぽを向いている。
拗ねている、と判断しても間違いではない様な、そんな様子だった。


「ひ……姫様…?」
「もぉーっ、もう少し早く言ってくれれば私だってそれなりに祝儀とか用意したのよ?」
「そ、んな滅相もな…」
「まぁ、アンタの事だから私が輿入れする前に自分が先に身を固めるべきじゃないとか何とか思ってたんでしょうけど? そんな気遣いを私は望んだ覚えはないんだからね」
「…!」


読まれてた。
不意にそんな事を右衛門左衛門は心中で呟くが後の祭りである。


「右衛門左衛門、」
「……はい、姫様」
「おめでと」


にっこりと微笑み、否定姫は右衛門左衛門に祝福を贈る。
それに数瞬の間呆気に取られたが、直ぐに仮面の忍は頭を下げて礼を述べた。
あまつさえ自身の婚約を祝福してくれる主人に右衛門左衛門は感激していたのである。


「結婚しても、私の部下でいてくれるわよね?」
「無論です」
「ふふ、はなまるー」


ころころと玲瓏な笑い声を上げる否定姫に右衛門左衛門は微笑んだ。
大切な主に喜んで貰える事程嬉しいものはないだろう。
この時ばかりは右衛門左衛門は鳳凰への怒りをすっかり忘れた。

しかし鳳凰による否定姫邸来報事件について右衛門左衛門が真相を突き止めるべく真・真庭の里へ向かったのはその翌日の事であった。






























暴露された刺客
(それで? アンタ達式は何時上げるつもり?)
(式…ですか? いえ、その様なものは毛頭するつもりは…)
(え〜、何でよ? 上げればいいじゃない、盛大なのを)
(ひ、姫様…)
(アンタだったら絶対白無垢似合うと思うけど? あ、でも思い切って洋風でも良いかもね〜。白い襞が沢山ある洋装なんてどう?)
(申し訳ございませんが……遠慮させて頂きます…)







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