刀*語

□鳳凰否定姫邸来報事件
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「アレ?」


突然声を上げた蜜蜂に、その斜め前を歩いていた蟷螂と蝶々が彼を振り返る。
あらぬ方向を見つめる彼に対し、二人は怪訝そうに問う。


「どうした、蜜蜂?」
「何かあったのか?」
「蟷螂さん、蝶々さん。あれ、見て下さい」
「ん?」
「何だ何だ?」
「ほら、あの洋装の人。真っ直ぐ僕らの家屋に向かってるんですけど…一体誰なんでしょう?」


大股で躊躇いなく周りよりも一回り大きな家屋を目指す人物。
一括りにした赤毛を揺らしながら歩くその者に蜜蜂は首を傾げながら見つめる。
すると蟷螂や蝶々も視覚で確認しながら互いに首肯していた。


「何だ蜜蜂、お前知らないのか?」
「え?」
「あれは鳳凰殿の嫁さんだよ」
「確か右衛門左衛門殿、といったか…かなりの手練の忍らしいぞ」
「え、あの例の鳳凰さんのお嫁さんですか!?」
「奥方と言えど、あの方にも仕事がある為今は別居中らしいがな」
「へぇえー…」


玄関から堂々と家の中へと入って行く右衛門左衛門。
そんな彼を見送った虫組は他愛ない話をしながらその後に続く。


「僕、まだ挨拶してないです」
「俺もだぜ。確か蟷螂殿もまだだろ?」
「ああ」
「じゃあ今日あたりでお声が掛かるんじゃないか?」
「そうですね」


土間の片隅にちょこんと揃えられて置かれている洋風な作りの履物。
それを見て蜜蜂は直ぐに右衛門左衛門が家の中に居る事を実感する。
ばったり出くわしたりしたら何と言おうか、などと考えながら取り敢えず他の12頭領が居るであろう居室へ向かった。


「鳳凰さんのお嫁さん、どんな方なんでしょうね」
「さぁな。ただ海亀殿の話によるとえらく美人な奥方らしい」
「ま、鴛鴦には敵わないけどな」




















すぱ――ん!

という音を立てて襖が突然開く。
それに部屋の中に居た鳳凰が驚くよりも前に来訪者である右衛門左衛門は彼に詰め寄る。

部屋の真ん中で筆を走らせていたという事から鳳凰の自室には違いないだろう。
以前彼と右衛門左衛門が盃を交わした部屋である。
容易に目的の男を見つけた仮面の忍は、そのまま畳の上に座っていた鳳凰の胸倉を掴むと一気に引き上げた。

ゴッ!

と今度は鈍い音が部屋に響く。
胸倉を引き寄せた際に鳳凰の額が右衛門左衛門のそれにぶち当たった音であった。
因みに今の鳳凰の格好はただの着流しであり、頭部を守る被り物は皆無だ。
必然的に硬質な仮面を身に着けた右衛門左衛門の額に悶絶する羽目になったのだが。


「え、右衛門左衛門よ……これはまた随分な挨拶ではないか…」
「有らず。お前程ではないぞ、この法螺吹きめ」
「何?」


盛大にぶつけた為痛そうに額を摩る鳳凰。
それを見据えながらも右衛門左衛門は全く胸倉から手を離そうとはしなかった。
逆にがくがくと揺すりながら厭味たらしく言葉を紡ぐ。


「まさかお前が私の留守を狙って姫様の前に現れるとは思わなかったぞ」
「…………ん?」
「挙句の果てに黙っていろとあれだけ言っていた事まで全て姫様に露顕して…!」
「んんん?」
「許さず! 今回は大事には至らなかったが、万が一の場合はどうするつもりだったのだ!」
「待て待て待て。右衛門左衛門よ、おぬしは何か誤解している」


どうどう、と鳳凰は両手を挙げて右衛門左衛門を諌める。
今更何を言っているのだとばかりに渋々閉口する彼に、鳳凰は状況を重々理解してはいないが取り敢えずこう口を切る。


「我は否定姫と会ってなどおらぬぞ?」


はた、と。
一瞬右衛門左衛門の動きが止まる。
掴まれた胸元が少し緩み人知れず鳳凰はホッとする。
しかしそれもほんの束の間、直ぐにまた力を込められ前後に揺さぶられた。


「し、信じず! そんな事が信じられる訳がないだろう!」
「何度も言っておろう? 我は嘘は付かぬ忍だ。あのお姫様に会っていたとしたならば我は今頃事実を認めている」
「ならば何故姫様はお前に会ったと…!」
「否定姫がおぬしに冗談を言うにしてはあまりに具体的過ぎるのでな…第三者の存在を疑う他なかろう」


鳳凰の言葉に右衛門左衛門はやっと手を離す。
信じられない、といった態で呆然としている。
まぁそれもそうであろうが、鳳凰からすれば濡れ衣なのだからそう言わざるを得ない。


「確か、あのお姫様は我の姿は知らぬのであったな」
「……ああ」
「だとすると、どれ程下手な変化術でも誤魔化しが効くという事だ。我を知り、且つ我の姿に化けられる忍とすると…」


そこまで言って鳳凰は口を噤む。
考える素振りを見せる間もなく彼は眉根を深く寄せる。
その様子に右衛門左衛門が不審がっていると、朱い忍は苦々しく呟いた。


「……残念ながら心当たりが居た」






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