刀*語

□鳳凰否定姫邸来報事件
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「「「ぎゃははははは!!!」」」


突然居間中を爆笑が埋め尽くす。
それに驚いた虫組がぎょっとしてその方向へと振り返る。
笑い過ぎて若干酸欠気味になっている三人の忍の前で、腕組みをした鳳凰が眉間に皺を刻みながら仁王立ちしていた。
その後方で、右衛門左衛門が困惑しながら佇んでいる。


「…やはり否定姫の前に現れたという我はおぬしだったか、蝙蝠」
「おうともさ! 完璧な変身だったろ!? 鳳凰さんよ! きゃはきゃは!」
「だな! 蝙蝠も馬鹿な遊び思い付くよなぁ。まぁ…それなりに楽しませて貰ったけどよっ…」
「ぜる限にツイコらなるせらや鹿馬ぱっや、ああ」


口を開いた順から、蝙蝠、川獺、白鷺。
ぷ、と三人が噴き出した次の瞬間、また再びげらげらと笑い出す。
その様を見て右衛門左衛門は小さく溜息を付いたのだった。


冥土の蝙蝠。
その彼にのみ使用出来るという忍法骨肉細工。
その忍法によって今回の騒動は引き起こされたという。

事の顛末は暇を持て余していたこの三人が、暇潰しに、悪ふざけで起こしたというものだった。
最近鳳凰が婚約したという事柄を聞き付け、それに託け尾張に繰り出したのだと。
元々は鳳凰の反応を目当てにしていたであろうが、その際にどうやら否定姫までも巻き込まれてしまったようである。


何とも下らない子供のお遊びだ。
そんな事の為に否定姫は、延いては自身は踊らされていたのかと思うと頭が痛い。
右衛門左衛門はこの眼前で笑い続けている三人に銃口を向けるべきか否か本気で悩んだ。


「おぬし等…減給は覚悟しておいた方が良いぞ」
「げっ…!」
「お…おいおいマジかよ、鳳凰さんよ!」
「!ぜいなゃりそ」
「当たり前だろう。寧ろ最大級の妥協だと感謝するが良い。全く人騒がせな…」
「…………」
「あ、そうだ、鳳凰さんの嫁さん」


もう一度右衛門左衛門は溜息を付く。
すると突然鳳凰に抗議していた三人の内蝙蝠が口を開く。
唐突に話を振られ、内心驚きながら右衛門左衛門は蝙蝠を見据えた。
この際もう鳳凰の嫁、という通称を付けられた事について何も言うまい。


「……何だ」
「アンタん処のお姫さん、相当怖えぇな。まだ奇策士の方が可愛く見えらぁ」


そう言って蝙蝠は不意に真摯な表情になる。
青くなっている、といっても良いかもしれない、そんな彼を川獺や白鷺も見つめる。
否定姫の屋敷での事を思い出しているのだろうか、その声色は若干震えている様に聞こえた。


「鳳凰さんに化けてあのお姫さん処行ったはいいけどよ、“嫁さん下さい!”て言ったその瞬間みるみる目の色変えてさ」
「…………」
「…………」
「あん時はまだびっくりの方が勝ってたっぽいから直ぐに逃げて来れたが……鳳凰さん、アンタ次あのお姫さんに会う時やべぇかもな」
「全く余計な事を…」
「だな。まぁ鳳凰さんを困らせるのが目的っちゃあ目的だったんだしな」
「よどけだ歳々万はてしとら俺、しだんたし立成分充あゃちしと戯悪」


悪びれもなく言ってのける三人に鳳凰は項垂れる。
自分の知らない内に自分に不利になる様なお膳立てがされていたとなれば仕方ない。
ほとほと呆れる鳳凰の横、右衛門左衛門は少し口許が綻んでいた。

別に三人の悪ふざけを許したという苦笑ではない。
ただ隣で今回の騒動に親身に反応する鳳凰に欣然と愛しさを感じていた。
こうして問題解決に容易に腰を上げた事にも、だ。
自身だけでなく、自身の大切に思う否定姫にまでも気を回す鳳凰の姿勢が右衛門左衛門は嬉しかったのだ。


「…右衛門左衛門よ、」
「何だ」
「どうかしたのか? 何を笑っている?」
「別に。ただお前の形勢が少しでも揺らいだというのならば、それはまた面白いものだと思ったまでだ」
「…笑えぬ冗談だな」
「きゃは! 嫁さん、アンタもなかなか話が分かるな!」
「だな。こりゃあ鳳凰さんも案外嫁さんの尻に敷かれるぜ」
「よか舞の二の々蝶、よだ何」
「おい、白鷺! お前今俺の事悪く言ったろ!」
「!ろだ事の当本」


少し離れた所でくつろいでいたであろう虫組三人の方から非難の声が上がる。
そちらへと右衛門左衛門が振り返ると、丁度小柄な男が蝙蝠等の中へと乱入していく処だった。
白鷺の言葉に食い下がった蝶々である。

振り返った拍子に虫組の残り二人と目が合う。
軽く会釈を返してくる二人に対し、右衛門左衛門もつられ小さく頭を下げた。
その横で鳳凰が彼の肩を抱き寄せて言う。


「事の経緯を知りたかっただけなのだろうが、まぁ茶だけでも飲んで行くといい」


そう言って鳳凰は右衛門左衛門に笑い掛ける。
事の真相を突き止めに来た、それだけと言えどまだ帰るな、と鳳凰は言いたいらしい。
確かに夫婦になったからといって大して互いに生活は変わってはいない。
会わない日の方が余程多いくらいだ。
その中で久しく会ったのだからもっと側に居て欲しい、というのが鳳凰の本音だった。

暗に告げる鳳凰に、右衛門左衛門は薄く頬に朱を刷く。
未だ後方で騒ぎ立てる頭領達を傍目に、鳳凰は虫組の二人の方へと足を運んだ。
静かに茶を飲んでいた蟷螂と蜜蜂と他愛ない世間話をしようと腰を下ろす。
当惑する右衛門左衛門に鳳凰が手招きすると、仮面の忍はおずおずと彼等の側へと溶け込んでいった。






























鳳凰否定姫邸来報事件
(―――おぬしが否定姫だな)
(…!? …誰かしら、招いてもいないんだけど)
(我は真庭忍軍12頭領が一人、真庭鳳凰だ(つっても、実際は真庭蝙蝠なんだけどよ…))
(あァ、あの真庭忍軍の、ね…)
(今回は我個人の頼みとして参った)
(頼み? 何かしら?)
(おぬしの部下である左右田右衛門左衛門を我にくれぬか)
(…………は?)
((きゃはきゃは! 驚いてる驚いてる…!)我と右衛門左衛門は先日夫婦になった間柄、しかし右衛門左衛門の主であるおぬしにも一言言っておかねばと思ってな)
(ふーん…へぇーえ…そう……あの子が…ねぇ…)
((な、何だ? 怖っ!! 目が据わってやがる…おっかねぇ…!)で、では我はこれにて。用は済んだのでな)
(あ、そう。また近い内に会う事になるでしょうけど……夜道に気を付けないよ? 真庭鳳凰?)
(あ…ああ……(怖えぇ…!! こりゃ鳳凰さん、このお姫さんに今度会う時悲惨だな…))







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