刀*語

□隣の新婚さん
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最初見た時は後ろ姿だったから、どんな人かは分からなかった。
ただ紅い髪を伸ばしているから、随分派手な忍者なんだなぁ、というくらい。

まぁ、第一印象が覆される事なんて有りがちな事なんだけれど。
これは本当に良い例だと僕は思う。















「へぇー、そうだったんですか」


茶を飲んでいる鳳凰さんのお嫁さんに感心、というよりも憧憬の籠もった視線を向ける。


「それでは実力は鳳凰さんと同等、という事ですか」
「まぁ、そういう事だ」
「あれ…確か海亀さんとも一戦交えたらしいんですよね?」
「ああ」
「成る程、それで海亀と少しなりとも面識があったという訳か」
「鳳凰殿と同等の実力を持つぬしが相手では、流石の海亀殿も苦戦を強いられただろうに」


そんな世間話をしている内に、僕はこの三人に随分馴染んでいた。
隣には蟷螂さん、眼前には鳳凰さん、そして彼の隣にはそのお嫁さんという状況に。
蝶々さんは蝙蝠さん達と取っ組み合いをした後そのまま向こうで話していて居ない。
最初は不自然に感じていたこの座布団の並びに、僕はもう違和感らしい違和感は感じていなかった。


鳳凰さんのお嫁さん――右衛門左衛門さん(自分でそう名乗っていた)は、僕が思っていた程悪い人ではなかった。
最初の内こそあまり口数は多くはなかった。
でも、ちょっとずつ話していく内にだんだん自分から話してくれるようになった。
それこそ世間話から立ち入った話まで。
立ち入った、って言っても忍としての実力どうこうの話しかまだしていないが。

とにかく、僕の第一印象を打ち壊すくらいまでは彼の素性は垣間見たと思う。
最初見た時は後ろ姿だったし、赤毛で、派手な雰囲気に見えたから高飛車な人なのかなぁと思っていた。
感じの悪い人だったらどうしようとか人知れず考えていたけど実際そんな事全然なかった。

右衛門左衛門さんは、僕が思っていたよりもずっと真面目で、落ち着いていて、優しい人だった。
ちょっとだけ蟷螂さんにそういう処が似てるかもしれない。
挨拶をすれば返事してくれるし、会ったばかりの僕相手にも話を合わせてくれるし。
何よりお茶を差し出した時にちゃんとお礼を言ってくれる。
しかも口許を少し持ち上げて。
あれ程嬉しい誤算はなかったと思う。
あの微笑と一言で僕の右衛門左衛門さんに対する偏見は完全に打ち壊された。


「海亀殿を知っているという事は、よもや鴛鴦や人鳥もご存知なのでは?」
「そういえばこの間人鳥とはこの家で会っていたな。おぬし、人鳥とも少し面識が…」
「…、鳳凰、」
「うん? どうした?」
「お前その団子一体何本目だ」
「五本目だが?」
「……あ、有り得ず…」
「鳳凰さん、甘味に限っては何故か大食になりますよね…」
「いつもなのか」
「え…ええ、まぁ」


確かに鳳凰さんの団子好きは真庭忍軍12頭領の間でも知られた事だ。
下手したら何時までも、何本でも食べていそうな鳳凰さんに最大限に譲歩したのが、最大五本である。
そんなお触書きを作ったのが狂犬さんというだけあって鳳凰さんも従わざるを得ない、そんな現状だ。

だからいつもなのか、と聞かれたらその通りだと答える他ない。
右衛門左衛門さんの仮面越しの表情が少し真剣そうだったと感じながら僕は素直に肯定する。
するとそれを聞いた右衛門左衛門さんは、呆れというか何というか、そんな思いを含む溜息を付いて鳳凰さんを見遣った。


「…変わらないな、お前のその偏食も」
「我のこれは単に好物というだけだ。偏食ではない」
「変わらず。そんなものに大して差などない」


相変わらず団子を口に運ぶ鳳凰さん。
まぁいつもの事だしなぁ、なんて思ってた処で隣の右衛門左衛門さんが手を伸ばす。
かと思えば鳳凰さんの口周りに付いた食べ屑をぱらぱらと払った。


「…………」


うわぁ、って思った。
目を逸らしたいたいけど逸らせない、そんな心持ちになってしまった。
そういえばこの二人つい最近結婚したんだったって今更ながら実感する。
海亀さん、延いては蟷螂さんが言ってた通りの美人さんがこんな事するんだなぁってちょっと感動した。
人っていうのは不思議なもので、自然と言うつもりのなかった事まで喋ってしまう。


「…何だか、お二人を見てると本当に新婚さんみたいですね」
「! は…!?」
「蜜蜂、“みたい”ではなくまさしくその通りなのだからその言い草はないだろう」
「あ、そうですね。すみません、蟷螂さん」


ついついそんな事を言うと、右衛門左衛門さんの動きが一時停止してしまう。
流石に言い過ぎたかな…と心の中で独り言ちてると、慌てて右衛門左衛門さんは鳳凰さんから手を引っ込める。
罰が悪そうに座り直した彼の顔が少し赤くなっているのを見て僕は思わずあ、と声を漏らしてしまった。

初々し過ぎる。
僕の隣に居た蟷螂さんが確かに新婚だな、と呟きながらお茶を啜るくらいに。
そんな僕らの様子を見て鳳凰さんは嬉しそうに笑って右衛門左衛門さんを見遣る。
あれだけ好物だと言っていた甘味さえも受け皿の上に置いて、心底から幸せそうに言葉を紡ぐ。
その二人の雰囲気に、僕は羨望を少なからず抱いていた。


「自慢の嫁だ」






























隣の新婚さん
(な…な…!)
(鳳凰さん、ベタ惚れですか)
(蝶々の時も思ったのだが、結婚すると人は本当に変わるものだな)
(まぁ否定はしないが)
(有らず! 私は変わってなどいない…!)
(……右衛門左衛門さんって可愛い人ですね)
(な…!)
(分かっているとは思うが、蜜蜂…やらんぞ?)
(鳳凰殿よ、ぬしも大概子供の様な事を言うのだな)







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