刀*語

□How Restful Break Time
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「猫は好きか?」


唐突にその様な問い掛けをされ右衛門左衛門は咄嗟に振り返った。
店の外に出された腰掛け、その隣に座る自称若作りの男を見遣る。
しかし彼は飄々と丼を片手に持ち、箸で掴んだ煮干しを眼下の猫に見せびらかしている。


「……今、何と言った」
「猫は好きか? と聞いたんだが」
「…嫌いではない。だが、何故それを私に聞いた」
「特に意味はないがの。強いて言うなら興味本位だ」


足元で媚びる様に鳴き声を上げる数匹の猫。
その中に箸先の煮干しを投げ入れると猫等は縺れ合う様にして小魚を奪い合う。
それをからからと笑いながら見つめては、海亀は再び食事を再開させた。


「…まさか本当に物見遊山だったとはな」
「だーから言うただろうに。人の話は最後まで聞くもんだ」
「忍がそんな悠長な事を言っているなど思いも寄らないだろう」
「年食ってくると楽しみがこれくらいしかないからの」


蕎麦を啜りながらも尚海亀は右衛門左衛門で言う悠長な事を口にする。
からかっているのかと訝しむがそんな様子ではないのも一目瞭然で、右衛門左衛門は再び押し黙る。
足に擦り寄る猫に気が付いて、ひょいと抱き上げまじまじとその猫を見つめた。
どうやら隣の男から標的を自分へと変えたらしい。

確かに、猫は嫌いじゃない。
見た目そのものなど言わずもがな、気紛れなその性もまずまず嫌いじゃない。
突然膝上に飛び乗ってきた黒猫に視線を落とす。
にゃあ、と一声鳴く様も愛らしい。
手に抱いていた猫を腰掛けの上に下ろしてやると思わずその黒猫の頭を手袋越しに撫でた。
ごろごろと喉が鳴って気分が悪くなる訳がない。


「何じゃ、やっぱり好きだったのか」


そう言われて思わず海亀を見遣った。
馬鹿にする様な笑みではなく、ただ単純に読みが当たって喜んでいるという態である。
右衛門左衛門はそれに少し驚きながらも、黙って猫を撫で続けた。

不意に海亀が腰掛けから立ち上がり、伸びをする。
よく見ると置かれた丼の中身は空で、食事は済んだのだと悟る。
だが突如彼が振り返り、自分に声を掛けるなどとは流石の右衛門左衛門も予想外だった。


「さて。行くかの、右衛門左衛門」


未だ足元をうろついていた猫が海亀が座っていた席を陣取る。
隣でにゃーにゃーと呼ぶ猫達に気付かないまま呆気に取られて右衛門左衛門は目の前の男を見つめた。
今何と言ったのだと、音無き声で問い掛ける。

それに飄々と物見遊山だ、と答える海亀。
置いて行くぞー、などと言いながら歩き出す彼に右衛門左衛門はどうしたら良いのか判断し兼ねた。
取り敢えず膝の黒猫を脇に下ろして、衣服に付いた毛を払いながら海亀の後を追った。

軽い足取りである翁口調の男に些か不審を感じながら右衛門左衛門は歩く。
しかしその食えない処がこの忍らしい、と思わない事もない。
右衛門左衛門は海亀の背を見つめながら無意識に口許を綻ばせたのだった。






























How Restful Break Time
(何故私を物見遊山などに誘う)
(おぬしはあれの良さが分かっとらんようだからの、わしが直々に教えてやろうと言っとるんじゃ)
(真庭海亀、お前は不思議な男だな)
(けっ、おぬしにだけは言われとうないわ)







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