刀*語

□気紛れバケーション
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「ねぇ、右衛門左衛門?」


書き上げた書簡を後ろ手に放る否定姫。
その手紙を拾い上げ綺麗に紙で包み、右衛門左衛門は既に層を成している自分の小脇に挟み込む。
その際に聞いた姫の呼び掛けに彼は直ぐに返事をする。
が、しかし、かの主から返ってきた言葉は詰りでも否定でも問い掛けでもなかった。


「はい、何でしょう姫様」
「アンタ、その手紙全部届けてきたらもう帰って来なくていいから」


突如。
右衛門左衛門は思わず持っていた書状を全て畳の上に落としてしまう。
否定姫から申し付けられたのは、まさかの解雇宣告だった。




















「…ひ、姫、様……それは、つまり…」
「ああ、ごめんごめん。そっちの意味じゃないわよ」


動揺を隠し切れず途切れ途切れに聞き返す右衛門左衛門。
それを見て否定姫は直ぐ様彼の推測を否定した。
扇子を広げ楽しげに言葉を紡ぐ様を見て彼女の従僕は直ぐに悟る。
姫はわざとあの様な思わせ振りな事を言ったのだと。


「ちょっとさぁ、出雲の方に用事出来たから私明日から一週間くらい此処空けるのよ」
「出雲…? 出雲と言いますと、あの敦賀迷彩が居る…」
「そーそー、あの三途神社なんだけどさ。まぁお役所的な仕事と個人的な野暮用って処かしら」


馘首という危機から解放され安堵した右衛門左衛門。
やっと落とした手紙を拾い出す彼に否定姫は心底楽しそうに話す。
自身が彼を手放すなど万に一つも有り得ないというのに。
そう独り言ちながらも本気で焦っていた右衛門左衛門に悪い気がする訳がない。
所詮否定姫も彼には甘いのである。
それ故に些か悪ふざけが過ぎる処もあるが。


「あの神社も色々事情があるしアンタは連れて行けないからさ、有給休暇出して上げるから一週間休み取りなさい」
「はぁ……しかし、その間のこの屋敷の管理もありますし私は…」
「そんなもの雇い人にやらせればいいのよ。普段からアンタの所為で相応の仕事やってないんだからいい機会よ」
「…………」
「それに、」


ぱしり、と。
扇子が閉じられる音がして右衛門左衛門は無意識に顔を上げる。
否定姫が扇子を開け閉めする際は何かしらの動作が付き物だからである。
案の定書簡から視線を彼女に向けた右衛門左衛門に、否定姫はその扇子の先を突き付けて豪語した。


「アンタは真庭の里にでも行って花嫁修行でもしてきなさい!」


言葉に詰まった。
いや反応に困ったと言った方が正しいのか。
確かに主に結婚を認めて貰った事は嬉しい。
だがそれによって生じるずれが徐々に大きくなっているという事も右衛門左衛門は気が付いていた。
元来冗談や悪ふざけが好きでありよく行使している否定姫である。
冷やかす様な言葉を浴びせられる事も一回や二回では済まない。
しかしここまでの決定打を打たれると流石に右衛門左衛門も応えようがなかった。

力無くはい、と一言だけ返事を返しまた書状を抱え込む。
これが本日最後の執務だったのであろう、否定姫はすく、と立ち上がると意気揚々と箪笥に向かって歩いて行く。
明日からの赴任の為荷造りでもするつもりの彼女に、右衛門左衛門は気付かれない様な小さな小さな溜息を吐いた。
彼は主の楽しげな姿に、懸想人に会える期待と否定姫を一人にさせる心配とで葛藤していた。






























気紛れバケーション
(目指せ、舅にも姑にも愛される嫁!)





110401.
 

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