刀*語

□気紛れバケーション弐
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伊賀。
人知れぬ山奥、その山々の間にひっそりと在る真庭の里。
真庭忍軍12頭領の住む家屋の玄関先で、右衛門左衛門はその頭に事情を説明していた。


「―――…という訳だ」
「成る程な、そういう顛末な訳か」
「…言えず。弁解の余地もない」
「それで、お姫様は今出雲か」
「ああ、此処に来る前に三途神社に送り届けたからな。今頃敦賀迷彩と話でもされているのだろう」


流石の姫様もあの階段は登れない、と右衛門左衛門は苦笑染みた声色で言う。
確かにあの凄まじく長い階段は無理だろうと真庭忍軍12頭領の頭――鳳凰も独り言ちる。
恐らく目の前の男が何時ぞやの奇策士や虚刀流の様に否定姫を背負って登ったのだろうと思うと少し笑えた。
本当に主には甘い重臣である。


「それで…だが」
「うん? どうした、」
「急な事ですまないが、一週間程厄介になりたいのだが」


罰悪げに右衛門左衛門は鳳凰に申し出る。
よくよく見ると彼の足元には洋装に似つかわしくない大きな風呂敷包みが置かれており、鳳凰は直感的に思う。
きっと否定姫にこの男が屋敷に何時までも居ないよう追い出したのだろうと。
鳳凰にとっては渡りに舟、随分好都合なお膳立てであるが右衛門左衛門にとっては気不味いものであるらしい。
迷惑だとも思っているのだろう、彼の口振りは少なくともそんな響きがある。


「無理は承知の上だ…私は真庭忍軍にとってあまり良い存在ではない役職に就いてるのだからな」
「何を言う。おぬしが我等にとって悪い存在などある筈がなかろう」
「鳳凰…」
「それに我にしてみればこれは願ってもない機会だ。お前と一週間も共に居られるのだぞ?」
「だ、だが、他の12頭領が迷惑だろう」
「心配ない。皆おぬしに会いたがっていたのだ。故におぬしが此処に居てくれれば皆も喜ぶ」


遠慮がちに俯く右衛門左衛門。
そんな彼に笑い掛け、鳳凰は至極嬉しげに諭す。
実際これまでにない程の歓喜を感じているのだから無理もない。
空いている右衛門左衛門の手を取り、鳳凰は優しい声色で口を開く。


「嬉しいぞ、右衛門左衛門。おぬしが我を頼ってくれて」
「…っ……」
「おぬしはおぬしの好きなだけ此処に居れば良い」
「……すまない」
「謝るな」


更に面目なさそうにする右衛門左衛門を鳳凰は窘めた。
二人はもう事実上の夫婦である。
困った時は頼って欲しいと思うし、力になりたいとも思って当然だろう。
助け合わなければどうするのだ、と鳳凰は優しく言葉を紡いだ。

驚いた様に右衛門左衛門はその言葉に耳を澄ませる。
するとふとした瞬間に淡い笑みを口許に浮かべるのだから鳳凰も思わず閉口してしまう。
握った手が握り返されるのを感じながらも、安堵した様な様子の右衛門左衛門が呟いた。

その時である。


「……礼を言うぞ、鳳お―――…」


ガラッ


と、突然玄関の引き戸が開く。
玄関先に佇んでいた二人は思わずその家の方へと振り返る。
あまりに唐突で半ば状況を把握しきれていないまま。


「………あ?」
「…………」
「…………」
「なんだ、鳳凰さんと嫁さんじゃねぇか。どうしたんだよ?」
「…………」
「こ…蝙蝠か」
「あぁ? 何だよ鳳凰さんよ、そんな驚いて一体どうし……ああ、そういう事か」


怪訝そうに二人をまじまじと見つめる蝙蝠。
それに咄嗟に言葉を紡ごうと鳳凰が口を開けば、直ぐに蝙蝠は事態を察知して口端を歪める。
ニタァ、と嫌らしく笑ったかと思えばゆっくりと回れ右をして家の中へと顔を向けた。
鳳凰が早急にそれに気が付いたが後の祭りであった。


「…蝙蝠、言っておくがこれは―――…」
「おーいお前ぇらー! 鳳凰さんが嫁さん呼んできたぞー! きゃはきゃは!」
「…………」


遅かった。






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