刀*語

□気紛れバケーション参
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ゆっくりと、優しく、穏やかに。
羽毛に触れるかの様な繊細な手付きで、鳳凰は右衛門左衛門の仮面の下の素膚へと触れた。
久しく接触のなかった肌は敏感になっているのか、鳳凰の指先が触れたと同時に右衛門左衛門は身体を竦ませた。

引き攣れた、少し普通の肌よりも厚い皮膚になっている感触が指先から伝わる。
透き通る様に白い肌にこの傷だ。
きっと、紅く黒ずんだ痕があるに違いないと思うと鳳凰は胸が抉られる様な思いになった。


「―――…これは我の罪だ」


唐突に、鳳凰がやっと聞こえる程度の声量で小さく呟く。


「この傷痕は、おぬしを裏切った我の罪だ。二度と、消える事のない……一生の大罪だ」
「…………」
「いくら里の為とは言え……最も愛する者を裏切りその全てを奪うなど…決して許される事ではないだろう」
「鳳凰…」
「故に我は許してくれなどとは言わない、言える立場ではないからな。…ただ、おぬしに、我の全てを捧げたいのだ」
「鳳凰。お前は、罪滅ぼしの為に私と契りを結んだというのか」
「違う」


そうではない、と言って鳳凰は一度口を噤む。
右衛門左衛門の反問に少なからず動揺を感じているようだった。
自身を落ち着かせる様にに一つ息を吐き、苦しげに鳳凰は言葉を続ける。



「今更何を言うのかとおぬしは思うだろうが、これだけは言わせて欲しい。我は、おぬしを愛していた」

「そして今も。我はおぬしを愛している。それだけはあの頃から変わらない。それだけは決して偽りではない」

「だからこそ、我はおぬしに夫婦になって欲しいと言った。我の想いをただ受け止めて欲しいのだと、偽りのないこの想いを感じていて欲しいのだと」



鳳凰の脳裏には常にこの一つの想いしかなかった。
夫婦の契りを半ば強引に結んだ時も、右衛門左衛門に夫婦になって欲しいと告げた時も。
常に、鳳凰は右衛門左衛門に偽りのない愛執の念だけを向けていた。

狡い言い草だとは分かっていた。
あんな事をしておいて、愛していたなどとは。
確かにあの頃の真庭忍軍には統率者が必要だった。
皆を束ねられる程の社会性が必要だった。
そんな理由で恋人の全てを奪うなど許される筈もないというのに。
思い止まる事も出来た筈なのに、鳳凰はそれをしなかった。

愛していた。
だから彼の全てを欲しがった。
思い止まらなかったのもその所為だと。
寧ろ好都合だと思っていた自分が居た。
そんな歪んだ愛情表現しか、あの頃の自分には出来なかった。

だからこそ、こうして結ばれた今だからこそ、精一杯の慕情を捧げたいと思っていた。
許さなくてもいい。
心の最奥に憎悪を溜めたままでもいい。
それでも、愛情だけは感じていて欲しい。

狡猾な男だとは自分でも分かっている。
だがそれでも右衛門左衛門は大切で、愛しくて、自分の全てで。
もう二度とあんな思いをさせたくなくて、その為なら何でも捧げてやりたかった。


「鳳凰……」


傷痕の遺る頬を極力優しく撫でていると、不意に手の甲に軽い圧迫感が加わる。
少し低体温気味のその手は、鳳凰の手を上から握ると温もりを求める様に擦り寄った。
暗くて視界からの状況確認が出来ない中でも、右衛門左衛門が男に対し拒絶の姿勢を見せていない事は明確であった。
そして、彼に嫌悪など少しも抱いていないという事も。


「私は、今までお前を恨んだ事など一度もなかったよ」







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