刀*語

□気紛れバケーション肆
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「…一つ、尋ねても構わないだろうか」
「なぁに? 右衛門左衛門ちゃん」
「その米は一体何合分なんだ」


卵を器用にくるくると巻きながら、右衛門左衛門は狂犬に恐る恐るといった風に尋ねる。
隣で浅漬けを切っている狂犬はそれに一瞬呆けるが、直ぐにからからと笑いながら何ともなしに答える。


「お米? 二升くらいかしら?」
「に、二しょっ…」
「ほらぁ、うちって育ち盛りが多いでしょ? これだけ炊いても一回の食事に食べ尽くしちゃうんだから困ったもんなのよ〜」


苦笑しつつも皿に漬物をのせるとまた釜の様子を見に竹筒を持って歩いていく。
右衛門左衛門はそんな狂犬の背中を見ながら真庭忍軍が財政難になっている事について深く納得した。
食費で財政の大半を使っていれば赤字にもなる筈である。
奇策士を裏切ったのも仕方なしか、と右衛門左衛門は五本目の卵焼きを焼き終えながら独り言ちた。


「朝から早いのう、狂犬。それに…右衛門左衛門、だったか」
「…!」
「あら、海亀ちゃん! おはよう」


不意にまた背後から声が掛かり咄嗟に振り返る。
するとそこには緑の着流しを来た禿頭の男が土間の奥の敷居越しに立っていた。
どうやらそろそろ真庭忍軍12頭領の面々が起き始める時間らしい。


「何じゃ狂犬、もう鳳凰の嫁をこき使っとるのか?」
「そうなのよー、もうバシバシ料理作ってくれるから本当に出来たお嫁さんよ!」
「けっ、おぬしもババァになったの狂犬、すっかり姑か」
「何ですって海亀ちゃん! そういうアンタこそもう舅の歳じゃないのさ!」
「…………」


こき使っている、という発言を否定しないのだろうか。
そんな事を心中で突っ込みを入れながら右衛門左衛門は傍目で狂犬と海亀の言い争いに耳を傾けていた。


「お早う、狂犬、右衛門左衛門殿。朝早くからご苦労だな」
「蟷螂ちゃん、おはよう!」
「狂犬、鴛鴦が今日の朝飯の準備に来れなくてすまないと言っていたぞ」
「あら、鴛鴦ちゃんが? まぁ仕方ないわよね、昨日まで長い間仕事だったんだから」
「ああ。…それに、すまないな右衛門左衛門殿。早速ぬしの手を煩わせてしまって」
「及ばず。私が勝手に申し出た事だ、煩わしいなどとは思っていない」
「すまない。私もよく狂犬の手助けをするのでな、皿並べくらいなら是非させて欲しいのだが」
「困らず。そうしてくれるのならば有り難い」


六本目の卵焼きを巻き始めていると、比較的交流のある蟷螂が台所に顔を覗かせた。
どうやら普段狂犬と料理をしているのは彼ともう一人、薄い面識がある鴛鴦であるようだ。
手慣れた様に茶碗や汁物用の器、そして湯呑みを取り出す蟷螂に右衛門左衛門は礼を言う。
それに対し蟷螂は日常事だ、とだけ言って微笑むだけだった。


「狂犬、右衛門左衛門、おはようさん」
「きゃは、何だよ狂犬、もう右衛門左衛門こき使ってんのかよ!?」
「も犬狂、なたっまちっなに姑に全完あゃりこ、あーあ」
「アンタ達一回表出なさいよ、表に!!」
「狂犬、右衛門左衛門。おはよ」
「あ、お早うございまーす」
「あ、あ、あの、お、おはようご、ございます…」
「お早うございます、狂犬……おやおや、右衛門左衛門さんもご一緒ですか? 何と二日目にしてもう貴方の手料理が食べられるなんて…ああ、いいですね、いいですね、いいですね……」


続々とやって来る人物達に右衛門左衛門は振り向きだけはきちんとした。
律儀に狂犬だけでなく自身にも挨拶をしてくれる処がまた家庭的で良いと思う。
たまに生返事を返すだけで、彼等は満足してくれるその朗らかな性格が右衛門左衛門は気に入っていた。


「ほら、早く座んなさい!!」
「痛って!」
「!ろだ則反は固拳」
「…お早うございます」
「あら、鴛鴦ちゃん。おはよう」
「すみません、朝食の準備を任せてしまって…」
「全然良いわよ! 今日は右衛門左衛門ちゃんが手伝ってくれたからね!」
「ああ、そうなの? それは助かったわ、ありがと」
「…及ばず。大した事ではない」


他愛のない会話が交わされる長机に右衛門左衛門も白米の移されたたらいを持って加わる。
手際よく飯を茶碗に盛っていく狂犬の隣で、蟷螂が茶碗を回す。
代わりに先程沸かしておいた茶を右衛門左衛門が蜜蜂と共に全員分の湯呑みに淹れる。
すると突然、ばたばたと廊下を歩いて来る音が聞こえ、不審に視線をそちらへ寄越すと勢いよく襖が開いた。






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