刀*語

□気紛れバケーション肆
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早朝。
やっと外が白ばんできたくらいの刻である。
右衛門左衛門はひたすら寝返りを打った後、とうとう布団から起き上がった。

眠れない。
この一言に尽きる。

だが夜中から眠れなかった訳でもない。
単に目覚めが早過ぎただけである。
普段これより前の刻から右衛門左衛門は活動し始める。
それは任があるからという事もあるが、何より否定姫の身の回りの事を行うが為が一番大きい。
普段ならばもう朝餉を作っている頃合いだ。

右衛門左衛門は真庭の里へ訪れる前に否定姫が言っていた事を痛感する。
確かに世話人の仕事まであれこれと行っていなければこんな時間に目覚める事もないであろうに。
しかし悲しいかな、忍である彼にしてみればちょっとした無茶だろうが身体はついて来る。
そして直ぐに慣れてしまうというもの。
目が冴えてしまっていては仕方がない、そう思い右衛門左衛門は一先ず起きる事にした。

布団を畳みふと隣へと視線を遣ると、未だ起きる気配がない鳳凰が寝ている。
よく見れば彼は寝返りを打った跡さえもなく、真正面を向いたままきっちりとした姿勢で寝ていた。
どんだけ寝相良いんだ、と右衛門左衛門が内心呟いたのはここだけの話である。
取り敢えず着替えを済ませようと帯に手を掛けた処で、昨晩の鳳凰の言葉を思い出し不意に振り返って彼を見つめた。

思えば随分時間を掛けた経過と想いだったと思う。
やっと和解も済み、互いの気持ちも分かり合えた今、鳳凰の言葉がどれだけ嬉しかった事であるか。
そう小さく微笑むと、右衛門左衛門は再び帯を解こうとしまた再び手を止めた。
ついでに昨晩の接吻を思い出した故である。
いくら暗がりでの事とは言え、こうしてまざまざと思い出してしまえばいただけない。
思わず顔を真っ赤にするも、右衛門左衛門は雑念を振り払うが如く手早く普段の洋装へと着替えていった。




















場所は変わり、台所。
先程井戸水を拝借し顔を洗い終えた右衛門左衛門は、家屋の中の台所に足を運んでいた。
手持ち無沙汰が故に、否定姫邸で行っていた様に朝餉の準備でもと思ってきたはいいが。


「…………」


何処に何があるか、など分かる訳がない。
それに勝手に物を漁り作ってしまっては先行――真庭忍軍の都合も悪くなり兼ねない。
顎に手を添え右衛門左衛門はとかく考えてみる。
それでも人の褌で相撲などするべからず、勝手に料理など出来る筈もなく。
やはり外に出て適当に時間を潰すべきかと考え始めたその時であった。


「あら、右衛門左衛門ちゃん! おはよう」
「!」


突然背後から声を掛けられ少し驚く。
振り返ってみれば、長い髪に身体の至る所に夥しい刺青を入れた女――真庭狂犬が立っていた。


「…狂犬殿か。今日もまた一日世話になる」
「やっだわぁ、狂犬殿だなんて! 私達もう家族なんだから呼び捨ててもいいのよ? いっそ狂犬ちゃんでもいいわ!」
「いや、流石にそれは…」
「それよりどうしたのかしら、こんな朝早くに。他の皆まだ寝てるわよ?」


朝から陽気な狂犬にまごつく右衛門左衛門。
そんな彼を知ってか知らずか、狂犬は首を傾げて問い掛ける。
その至極真っ当な質問に、右衛門左衛門は思い出した様に口を切った。


「いや…目が冴えてしまったから、朝食作りの手伝いでもさせて貰えればと思ったのだが」
「あら本当!? 助かるわぁ〜、本当に出来たお嫁さんねぇ。鳳凰ちゃんも鼻が高いわね」


真庭忍軍12頭領の誰もかもがこぞって嫁、と言うのにも右衛門左衛門はそろそろ慣れてきていた。
哀しい慣れではあるが、まぁ呼びやすいのであれば是非もないだろう。
右衛門左衛門は張り切って腕まくりをする狂犬を視認しながら一つ溜息を付いた。


「じゃあ私はご飯炊いちゃうから、右衛門左衛門ちゃんは味噌汁作ってくれる?」
「ああ。了解した」
「具はお豆腐がそこの笊の中に入ってるし、お味噌はそっちの棚だからね。葱とか煮干しもその上の棚ね」


米櫃から米を取り出しながら狂犬があちこち指を指す。
それに一つ一つ頷きながら右衛門左衛門はまな板と包丁を前に袖の釦を開けて手袋を外した。
釜戸の火を焚き、鍋に水を張り、豆腐を取り出し、と。
手早く且つ丁寧に料理をしながら、右衛門左衛門は二日目の朝日をいつの間にか迎えていた。






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