刀*語

□気紛れバケーション伍
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「アンタツイてるぜ、右衛門左衛門、」


くじを引き、互いに色を確認していると蝙蝠から称賛の声が上がった。
その称賛を受けた相手、右衛門左衛門のくじを見ると確かにその先は赤く色を付けられていて。
他は何の代わり映えのないくじを持ち、つられて彼を注視する。


「…いきなりおぬしとは…大丈夫なのか?」
「何だ、不満でもあるのか」
「いいんじゃねぇの? 鳳凰さん」
「なしたきてっなく白面か何」
「だな」
「で、では、鬼役は…え、右衛門左衛門さま…ですね…」


右衛門左衛門を中心に五人は少し後退る。
まるで臨戦体勢に入るかの様に腰を低く足を擦る態に一瞬これが遊びであるという目的を忘れそうになる。
そう独り言ちていると、眼前で距離を取っていた蝙蝠が最後に補足する。


「じゃあ、俺等が逃げた後十数えたら動いてくれよ」
「ああ、分かった」
「期限は夕刻な。それまでに全員見つけられたらアンタの勝ち、一人でも見つけられなかったら俺等の勝ち」
「聞くまでもないとは思うが…手加減はした方がいいのか?」
「冗談」


そんじゃ行くぜ、と。
蝙蝠のその一言を切っ掛けに五人が全員右衛門左衛門の前から姿を消した。
最後まで小首を傾げていた鳳凰であったが、一先ずやる気はあるようで共に逃げて行った。

右衛門左衛門が踵を返して木と対峙する様に立つ。
そして人知れず十まで数を数え、ふいと空を見上げた。
陽はまだ高い位置にある。
暮れるまでの約二刻の間、彼は散り散りになった五人を捜しにその場を去った。




















「―――きゃはッ、まぁ此処まで来りゃあいい具合だよな」


人の気配が無い事を確認して、木の枝の上に立ち止まる蝙蝠。
そしてその場でしゃがみ込み、彼は上機嫌に独り言ちる。


「まっさかあの嫁さんが鬼役とはなぁ…真庭忍軍相手に何人捕まえられる事やら」


楽しみだぜ、と笑い声を上げ大きく伸びをする。
いくら右衛門左衛門が元忍者で鳳凰と同等の実力だと言っても、現役には敵わないだろうというのが蝙蝠の考えだ。
地の利も遥かに彼等真庭忍軍の方があり有利でもある。
そんな風に蝙蝠が思っていた時であった。

―――ガサッ

突如、背後で葉が摩れる音がする。
驚きながらも振り返って身構える蝙蝠。
しかし、枝が動いた葉の隙間から出て来たのはただの烏であった。
ばさばさと濡れ羽をはためかせ違う枝に移る様を見て、彼は思わず安堵の溜息を吐く。
しかし安心したのも束の間、突然聞こえてきた音に再び蝙蝠は驚愕に目を見張った。


『―――見つけたぞ、真庭蝙蝠』


烏が喋った。
そう認識した刹那、蝙蝠は己の失態に直ぐ様気付く。
烏が喋る筈がないのである、それが忍術を使って使い手が語り掛けない限り。
つまり右衛門左衛門の罠にまんまと嵌まってしまったという訳で。

早急にその烏から離れる様に逃げ出す。
しかしそれこそ右衛門左衛門の狙いとでも言う様に、木々の合間を疾駆し始めた蝙蝠を彼は前方で待ち構えていた。
跳び上がった蝙蝠を捕まえる為に右衛門左衛門もまた跳んで手を伸ばす。
寸での処で避けた忍を、鬼役は三角跳びの要領で枝を足場にまた蝙蝠を追った。


「っ……こんにゃろッ…!」


蝙蝠が逃げの体勢から身体を捻って右衛門左衛門と向き合う。
速さを付けて追い掛ける彼に、蝙蝠は打開策はこれしかないとばかりに喉をぐっと開く。
横隔膜がせり上がる感覚と共に、容赦なく右衛門左衛門に向けて手裏剣を放った。


「手裏剣砲!」


因みに。
その隠れ鬼に於いて、攻撃及び武器、忍法の使用について誰も何も問うてはいなかった。
忍にとって手段を選ばない卑怯卑劣なやり方が主流なのだから右衛門左衛門も文句は言いはしない。
いや、する筈がない。
何故なら、彼もまた両手に対となる刀を携えていたのだから。

ぱん、という発砲音が八回。
銃弾と共に弾かれた手裏剣の間を、右衛門左衛門は『炎刀・銃』を交差し構えながら潜る。
次の枝に足を着けると、今度は陽炎の様に彼の残像が揺らめいた。
そして蝙蝠の耳元で冷涼な声音が響く。


「相生拳法……背弄拳」
「しま―――!」


次の瞬間、蝙蝠の口から紡がれたのは「た」ではなく。
蛙が潰れたかの様な、喉を絞められたかの様な苦しげな悲鳴だった。
逃げようとしていた彼の忍装束の襟を、右衛門左衛門が後ろから掴んで蝙蝠を捕獲した為である。

体勢を崩した蝙蝠が枝から足を滑らせずり落ちる。
しかし落下しないよう右衛門左衛門が手放した彼の衣服を、今度からは背中の布部分を掴んでやる。
足元が宙に浮いたまま、蝙蝠は悔しげに呼吸を整えながら鬼役を見遣ると、彼は口端を少しだけ持ち上げ小さく一言だけ呟いた。


「―――後四人、」






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