刀*語

□気紛れバケーション伍
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三日目。
午の刻、昼餉も食べ終えた昼下がり。


「だぁーっ! 暇だーッ!」


居間の真ん中で、何とも間の抜けた蝙蝠の悲鳴が響いた。
それに花歌瑠汰で遊んでいた川獺と白鷺が彼を見遣る。
昼餉の際に使った食器を台所のある土間にて洗っていた右衛門左衛門も、唐突な事に驚き振り向いた。


「…蝠蝙、よだんたしうどりなきい…」
「だな。どうしたんだよ? 大声出して……あ、俺、おいちょだ」
「ぃり悪。ブカ、俺」
「げ、またかよ!」
「オメェ等人の話聞けや!」


手札を見せ合って話し出す二人に蝙蝠は花札をバシッ! と払う。
それに怒った二人が今度は蝙蝠に食い下がる。
暴れ始めた三人に、縁側近くで書類を作成していた鳳凰が見過ごせず振り返った。
それに倣い彼の隣で墨を溶いて手伝いをしていた人鳥もそちらを見遣る。


「止めぬか、おぬし等。人が字を書いてる時は静かにせんか」
「しょうがねぇだろーがよ! 暇で暇でしょうがねぇんだからよ!」
「だからこうして花札やってたんじゃねぇか!」
「!せ返ブカの俺」


再び取っ組み合いを始めた三人を見て、鳳凰は溜息を付いて筆を硯の上に置く。
どうしましょう、と隣で困惑しながら問い掛ける人鳥に対し、男はこう返す他なかった。
どうしようもない。

今日はこの六人しか家屋には居ない。
鳳凰、人鳥、蝙蝠、川獺、白鷺、そして右衛門左衛門。
その他の真庭忍軍の頭領達は、皆こぞって任に出てしまっている。

狂犬曰く、彼女を含め何人かは今日の内には帰って来ると言う。
その間昼食だけは作ってやってくれないかと右衛門左衛門は頼まれた。
何でも彼らに台所を任すのが恐ろしいらしい。
今右衛門左衛門は彼らの喧嘩っ早いやり取りを見てしみじみと狂犬の言葉を理解していた。


「大体、蝙蝠は陶芸が趣味だっただろう。己の趣味を嗜んでこれば良いであろう?」
「今薬に浸けて馴染ませてるとこだから後二、三日は無理」
「駄目じゃん」
「うるせぇよ川獺テメェ鼻毛全部抜くぞ」
「い痛に味地、れそい痛」


互いの両手を掴み相手の攻撃を防ぎ合っている蝙蝠と川獺。
それを傍目で見ながら白鷺は散らばった花札をかき集めている。
食器を洗い終えた右衛門左衛門が手袋を嵌め直しつつ居間へと入る。
すると丁度掴み合っていた二人が均衡を崩し畳の上へと倒れ込んでいた。


「暇だなぁ」
「しだんな番非等俺、ろだいな方仕」
「だな」
「アンタもこんな何もねぇとこで何もせずにいたってつまんねぇだろ? 右衛門左衛門、」
「……何故私に話を振る。それに…居候の身である私がどうこう言える事でもない」
「ふーん」


そこで蝙蝠は少し考えた様な仕草をし。


「じゃあもし俺等がアンタを遊びに誘ったらアンタやるんだ?」
「…そ、うだな。ものにも因るが。昼食以外に頼まれた事もないし、やる事もある訳では……」
「そうかい」


突如人の悪い笑みを浮かべる蝙蝠。
それを見て顎に指を添えていた右衛門左衛門は思わず戦慄する。
確かこの笑い方は、この里へ来た当初に見たあの何か企んでいる時の。
ニタァッと笑い蝙蝠は楽しげに言葉を紡ぐ。


「じゃあ、そのお遊びに付き合って貰うぜ?」
「…っ……は…?」


意外な言葉に右衛門左衛門が驚く。
その様を見て蝙蝠がニヤリと笑うと、隣で様子を見ていた川獺や白鷺は同意する様にまた悪戯に笑った。




















「…だからといって何故我や人鳥までもなのだ」


場所は変わって森の中。
真庭の里から少し離れた山中で、非番と称された真庭忍軍の頭領五人と元忍者は何やら輪を作って話をしていた。


「我が書類を作らなければならない事くらい知っておろう」
「堅い事言うなって」
「修行の一環だと思ってさ」
「だうそだうそ」
「……それで。一体今から何をしようと言うのだ?」


辺りを見渡しながら右衛門左衛門が三人に問う。
昨日鳳凰が案内していた森中である。
大体の地形は把握していると先程三人に伝えた上で、彼等は此処へ右衛門左衛門や鳳凰、人鳥を連れて来た。
遊戯をする、と言っていたのだが、何をするのか聞かないと実際に行えない。
暗にそう右衛門左衛門が言うと、蝙蝠が得意げに口を切った。


「簡単だぜ。隠れ鬼だ」
「ただ鬼役から身を隠しながら逃げるだけ。鬼事の延長みたいなものだよん」
「か、か、隠れ鬼、ですか…」
「うお。鳥人、ろだき好前お」
「ほう、隠れ鬼か…やった事はあるか?」
「いや、全く無いが」


黙って話を聞いていた右衛門左衛門に鳳凰が問い掛ける。
すると即答する様に首を横に振るが、彼は依然として続ける。


「要は逃げるか捕まえるかをすれば良いだけの事だろう」
「…ああ、平たく言えばな」
「有らず。ならば問題はない」
「よっしゃ、そうと決まれば」


蝙蝠が片手を五人に向ける。


「一人一本引いて、根本に色が付いてた奴が鬼役な」
「あいっさ了解」
「うお」
「で、では…」
「我はこれを」
「いいのか、引くぞ」
「おうよ」


蝙蝠が持っていた竹串の様な棒を、それぞれ銘々一本掴む。
蝙蝠が残った一本を手に取ると、六人は一気にくじを引いた。






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