刀*語

□気紛れバケーション陸
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「何故だ」


半刻後。
真庭忍軍12頭領の家屋、その玄関前に佇んだ鳳凰が呟く。
まるで理不尽さに打ちひしがれているかの様に。
だが実際、そんな事は全くと言って良い程ない。
完全に忘れていた彼の不注意である。


「何故今日に限って…」
「きゃは、諦めなって! 仕事は12頭領みーんな平等だろ」
「だな。こればっかりは仕方ねぇぜ、俺らも仕事なんだしよ」
「ろだいいばべ遊らたっ帰、ぜだうそ」


鳳凰の言葉に続く様に蝙蝠達も口を切る。
因みに彼等も本日仕事の面々である。
鳳凰はそれを見てじとりと言葉を返す。


「…おぬし等はまだ気楽な任である故そう言っていられるのだろうが」
「まぁ、今日は三人でらしいけど」
「よだんたしうどがれそ」
「喰鮫と共に仕事を為さねばならぬ我の身にもなってくれ…」
「きゃはきゃは! 確かにそりゃきついな!」
「おやおや、何故私がそんな失礼な事を言われなければいけないのでしょうか。心外ですね、心外ですね、心外ですね…」


至極残念そうにする鳳凰に三人は納得した様に頷く。
それに特に傷心した様子もない喰鮫が口を開く。
にんまりと笑う様が、鳳凰でさえ躊躇われる要因を色濃く示していた。

今回の任はこの五人だけであったが、実際、特に組を分けている訳ではなかった。
獣組と鳥組、鳥組と魚組など、何かしらの都合だったり人望の問題が存在する。
因みに蝙蝠、川獺、白鷺は単なる人数合わせな理由だが、鳳凰と喰鮫は言わずもがな、監視役と被監視人である。
鳳凰は少し目を離せば人を殺め兼ねない喰鮫へのお目付け役だ。
狂犬曰く手間が少々掛かる仕事だというのも相まって、出動が決まったらしい。
本人は相当乗り気ではないようだが。


「はぁ…」
「…いい加減諦めたらどうだ」


朝の名残で未だ頭が回転していないのではないかと思う程鳳凰はらしくなく溜息を連発する。
それを家屋に近い位置で見送りに出ていた右衛門左衛門が咎める。
因みに彼の隣には人鳥がちょこんと立っている。
随分懐いたものだ、と鳳凰が欣然を抱いたというのを敢えて蛇足を加えておこう。


「まぁ…後はおぬしに任せたぞ、人鳥」
「あ、は、はい、鳳凰さま…」
「右衛門左衛門。すまぬが、人鳥を頼むぞ」
「町へ遣いに行けば良いのだろう。心配無用だ」
「だ、大丈夫ですから…あ、あの、お、お気を付けて」
「ああ」


ふ、と微笑んで人鳥の頭を撫でる鳳凰。
それにはにかみながら笑う少年に、右衛門左衛門もまた口許を歪めた。
まるで親子の様な光景に、心底に温和な思いが生まれた故である。


「さて、行くか」
「おう」
「望む処よ」
「ぜうそま済とさっさ、ああ」
「ああ、楽しみですね、楽しみですね、楽しみですね」


就く任は違えど五人は途中までは共に行くようで、鳳凰の言葉に首肯する。
踵を返し歩いて行く朱い忍に、右衛門左衛門は黙ってその背中を見送った。


「…………」


不意に、思えば。
鳳凰が居ない真庭の里を、右衛門左衛門は体験してみた事がない。
幸運にも此処を訪ねる際は常に彼が居たし、今までこうして長い間この里に滞在した事もなかった。
故に少し、いや、正直に言えば、結構。
右衛門左衛門は不安だったりする。
今まで事ある毎に援助してくれていた鳳凰が留守にするのだ。
いくら真庭忍軍が自分に気さくで、人鳥の様に懐いてくれる事もあっても、だ。
寧ろその不安や杞憂が、寂しさ故だとこの元忍者がどうして気付こうか。


「―――右衛門左衛門、」


次々と家屋から去って行く頭領達。
それに少し目線を下に下げていると、唐突に眼前から声が掛けられた。
無論、その声は右衛門左衛門のよく知る鳳凰のもので。

無意識に、反射的に視線を上げようとした。
何だ、と何時もの様に返事を返そうと口を開いたのだ。
だが。
その右衛門左衛門の一連の動作は視線を上げるまでに止まってしまった。


「―――…!」


前を見据えた途端に視界に飛び込んできた、朱。
軽やかで鮮やかなその羽根が至近距離にあり驚くのも束の間、右衛門左衛門は仮面下の双眸を大きく見開く。
開きかけた口唇に感じる違和感に、更に脳裡が真っ白になった。

その原因が、鳳凰からの接吻であると気が付くのに数瞬の時間を要した。

啄む様な、しかしそれにしてみては少々長く思える、そんな口付け。
ゆっくりと唇が離れていくのを目の前でありながらも右衛門左衛門は何処か遠目で見遣る。
あまりにも突発過ぎて言葉を失っている彼に、鳳凰は不敵にも捉えられる笑みを口許に浮かべた。
してやったりとばかりの、満足げなその表情に右衛門左衛門は瞬く間に顔を真っ赤にさせた。


「…な、な……ッな…!」
「直ぐに帰って来る。それまでの少しの間、我慢してくれ」


絶句する右衛門左衛門に対し、先程と打って変わり柔和な笑みで鳳凰は言葉を紡ぐ。
まるで彼の心中を読み取ったかの様な的確な言葉。
それに不忍が驚いていると、不意にまた鳳凰は唇を啄んで今度こそ真庭の里を後にした。

一度ばかりでなく二度までも出し抜けに口付けをされた右衛門左衛門は暫くその場で茫然とする。
突然の出来事に強烈なまでの衝撃と羞恥とを受けていた為である。
更に蛇足を加えると、隣で佇んでいた人鳥にもその現場を目撃されており。
うわぁ、と口を両手で覆いながら頬を染めている少年を見て、余計に恥ずかしさに拍車が掛かった。

そして家屋へと再び入った後。
非番だった頭領達に先の接吻について問訊された際、右衛門左衛門は軽く卒倒しかけていたとか何とか。






























行ってらっしゃいのチュー
(―――…えらく見せ付けてくれんじゃねーの、鳳凰さんよ)
(? 何の事だ)
(よてっゃちっ合り繰乳にまさらかあ、よだ事のんさ嫁)
(きゃはきゃは! 本当アンタ嫁さんにゾッコンだな!)
(見ましたか? あの奥方様の恥じらう表情……ああ、いいですね、いいですね、そそられますね…)
(喰鮫、それを今度我の前で言ってみろ、頭と体が別れを告げる事になるやもしれぬぞ)
(っわこ)







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