刀*語

□気紛れバケーション陸
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ちょっと鳳凰様がボケチック。






「え、右衛門左衛門さま…」
「? どうした、人鳥」
「あ、あの、これ、持って行ってもいいですか」
「ああ、構わない。但し気を付けて持って行け」
「は、はい」


真庭忍軍12頭領の住む家屋。
右衛門左衛門が諸事情から共に暮らし出してから四日目の朝。
台所でこれで三度目になる朝食作りをしていた彼の足元で声が掛かった。
12頭領の中でも最年少である人鳥である。

怖ず怖ずと手伝いを申し出る人鳥。
その小さな両手には盆、更にその上には13人分の箸や湯呑みが乗っている。
可愛らしい申し出に右衛門左衛門は釜戸から目を離し僅かに微笑んだ。
そっとまだ所々寝癖の付いている頭を撫でてやる。
すると、人鳥は嬉しそうに笑って飯台へと盆を運んで行った。


「…………」
「あらぁ、人鳥ちゃんたら随分右衛門左衛門ちゃんに懐いちゃって」
「アイツ、人見知り激しいけど懐くととことん懐くからな」
「昨日の隠れ鬼から、だよな。何かあったのかな?」
「ねら知…ぁさ」
「きゃは、まぁいーんじゃねぇの。なぁ、鳳凰さんよ」


右衛門左衛門に頭を撫でられ嬉しそうにしている人鳥を見つめ頭領達は怪訝に口を開く。
先に席に着いていた獣組を中心に、隣の鳥組に声を掛け他愛なく話す。
欠伸を噛み締めながら相槌を返す白鷺。
その隣で、ぼんやりと視線を話題になっている二人に向けている鳳凰に、蝙蝠はからかう様な口調で続けた。


「まさか妬いてんじゃねぇよな、鳳凰さんよ」
「……? 何故妬く? というか、何故その様な事を訊いた」


未だ寝惚け眼な鳳凰だが問い掛けにはきちんと反応して答える。


「ほら、何つったって大事な嫁さんと息子な訳だからよ」
「息子に嫁さん盗られちゃって妬いてるんじゃないかって言ってるんだよん」
「…まぁ、引っ掛かる処は無きにしもあらずだが、」


茶を注ぐ右衛門左衛門や蜜蜂――この組み合わせはもう既成らしい――と共に人鳥もまた湯呑みをせっせと他の12頭領へと配っていく。
その折りに少年を気遣う様な優しい手付きになる右衛門左衛門。
そんな二人を見つめ鳳凰は満足げに笑みを浮かべて言葉を紡いだ。


「可愛いから許す」
「…………」
「…………」
「………ぁわう…」
「…俺、鳳凰さんの口からそんな事聞けるなんて思わなかったよ」
「きゃは! 寝起きって恐えぇな!」


失望、幻滅する白鷺と川獺を傍目に爆笑し出す蝙蝠。
それでも尚、やはり寝起き故なのか、鳳凰が牽制する事はなかった。
恐るべき朝の低血圧である。


「はーい、じゃあ朝ごはん食べるわよ! いただきまーす!」


狂犬が最後の茶碗に白米を装い終わった処で、恒例の食前の挨拶が食卓を囲んだ頭領達から一斉に紡がれる。
その直後刹那の内に箸を持ち惣菜を取り合い始める様を見て右衛門左衛門は幾度目にかになる感心を心中に抱いた。
鳳凰を挟んだ向こう側、蝙蝠達の方の卵焼きやら何やらの大半が無くなっている。
流石は大家族、食事の仕方は手慣れたものである。


「右衛門左衛門、」


味噌汁に口を付けていた処で、右衛門左衛門は隣に座る鳳凰に声を掛けられる。
一方で浅漬けを小気味の良い音を立てながら咀嚼する彼へ仮面越しに視線を送る。


「…何だ、鳳凰」
「今日は人鳥を入れて三人で町へと出るか」


ぴた、とその言葉を聞いて右衛門左衛門の動きが止まる。
面食らった様に黙り込む彼に鳳凰は心持ち楽しげに言葉を紡ぐ。


「人鳥と親しくなったのだろう? 我も町に用があるのでな、三人でどうだ」
「鳳凰…」


吐息を付く様に静かに右衛門左衛門が鳳凰の名を呼ぶ。
驚嘆の含まれた声色の後、怪訝そうに問い返され逆に鳳凰をも眉を上げた。


「平気なのか?」
「平気? 我は至って健全だが」
「当たらず。そういう意味ではない」
「あ、あの、鳳凰さま……」


鳳凰の眼前、机の反対側で箸を持っていた人鳥が口を開く。


「あの…き、今日は、ちょっと……む、無理なんじゃないかと…お、思うんですが…」
「無理?」
「そうよぉ、鳳凰ちゃん。もしかして忘れたの?」


狂犬からも苦笑染みた表情と言葉を向けられ鳳凰は瑣末ながら混乱した。
忘れたも何も身に覚えがないのである。
何かあっただろうかと鳳凰が考え出すより前に、狂犬は快活な口調で口を切った。


「今日は鳳凰ちゃん、お仕事よ」


からんからんっ

という音が狂犬の言葉の後を重ねて響く。
その音源の方へと右衛門左衛門が視線を向けると、やはりというか、自身の夫がそこに居り。
衝撃的な事実のあまり箸を取り落としてしまった鳳凰に、洋装仮面は小さく溜息を付いた。






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