刀*語

□在りし日の追憶
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「―――駄目だな」


斧刀に見立てた片足を大きく振り上げた構えを取ると、端から瞬時に批判が下る。
もうこれで何回目になるか定かではないそれに、青年――虚刀流開祖・鑢一根は刀鍛冶へと視線を向ける。
その表情は何処か煩わしげで、そして酷く憔悴気味だった。


「そんなんじゃ恩義なんて大層な名前付けらんねぇな。ただの踵落としじゃないんだぜ。それで人が斬れたら苦労しねぇよ」
「うるさいな…さっきからアンタ、それしか言ってないじゃないか。何か助言はないのかよ、助言は」


薄縁の上で寝そべり頬杖を付いている刀鍛冶――四季崎記紀。
一根の師であり親友である彼はそんな友人の言葉に口端を吊り上げる。
まるで楽しんでいるかの様なその表情に、青年は一つ溜息を付いた。

四季崎が一根の師、或いは刀鍛冶として彼に剣技を教え始めてから幾らか経った頃。
虚刀流の奥義を創り始め数日が経った頃である。
いつもの様に、それこそこの様なやり取りを行うのもいつも通りに。
二人はああでもないこうでもないと言い合いをしながら虚刀流を模索する。
とは言っても、実践するのは一根の方であるし、助言、もとい口出しをするのは四季崎の役割であったが。


「大体お前、重心が定まってないんだよ。腰から上にフラフラフラフラ、あちこちに移ってやがる」
「重心…よく分からねぇな。結構どっしり構えてるつもりだけどな」
「斧刀ってのは一直線に振り下ろすモンだ。お前みてぇな不安定な刀身の振りじゃあ、折角の威力も半減しちまう」


むくり、と。
そこで四季崎は漸く身体を茣蓙筵から起こす。
そのままゆっくりと一根の元まで歩いて来ると、刀鍛冶は彼の後ろへと回った。
不審に思う暇もなく腰に感じる圧迫感に、青年は直ぐに察したが。


「重心は腰のこの辺がいい。下っ腹に鉛を抱えた感覚でな」
「……よく分かんねぇな」
「教えてやってんだからちったぁ理解する努力もしろよ」


剣を研くのはそこからだ、と言って四季崎は背後から一根の腰に手を当てながら微苦笑する。
体を動かす前提に理屈も理解しろというのが刀鍛冶の意見だ。
予知能力者として、そしてその能力故に変体刀を造り上げた、何とも彼らしい主張。

だが。
今まで剣を振るう事だけを一心としてきた一根にはそれは理解の範疇外というものだ。
伊達に虚刀流――更に具体的に言うと、七代目当主の祖先ではない。
つまり、一根の思考回路は七花のそれ程ではないが確かに鈍いのだという事で。


「ったく、しょーがねぇな」


首を傾げる一根に四季崎は直ぐに手を離す。
今度は青年の眼前へとやって来た刀鍛冶は仁王立ちし一根を見遣る。
笠も何も被っていない、刀を打ち鍛える際の作業着らしい格好の四季崎。
不思議な虹彩の瞳に見つめられれば、虚刀流は更に怪訝そうにしながら見つめ返した。


「お前にゃあ言って聞かせる方法は合わねぇからな。こうなったら実力行使だ」
「? 何だよ、最初からそうしてくれてりゃあ良かったんじゃないのか?」
「なるべくなら苦痛を伴わない方法でやりたいだろうが」
「は?」
「俺を斬れ」


はっきりと、躊躇いなく、至って真面目に。
突如四季崎が紡いだ言葉に一根は驚愕した。
普段彼からの突拍子もない言動には少なからず慣れているにも拘わらず、である。
呆然とする青年に対し、刀鍛冶は構わず話を続ける。


「今のお前の『落花狼藉』じゃあ斬るのは難しいだろうけどな」
「いやいや、難しいとかの問題じゃないだろ。大体、斬れって…」
「実際にやってみりゃあ嫌でも重心の位置くらい掴める」


ほら、構えろ、と急かし始める四季崎。
そんな彼に一根はほとほと困り、そして同時に呆れる。
四季崎は至って本気で物を言っているのだ。
故にそれ以上師に対し反論を返したくも返せない訳で。

そういえば、と一根は回想する。
四季崎は出会った時から不思議な男だった。
いや、これは言わずと知れた既成ではあるが。
更に不可解な点も一緒に居る事で多数見えてくる。

例えば。
彼は時折自分自身を垣間見ない様な事をする。
職業柄、というものなのだろうか。
刀鍛冶として良い物を作ろうとする高い意識故なのだろうか。
今こうして一根に無茶苦茶な事を言う四季崎は、青年を最高の切れ味を持つ最高の刀にするが一心なのだろう。
例え自身の骨身を犠牲にしようとしてでも。


「―――無理だ」


不思議な男だ、と再び一根は独り言ちる。
そして直ぐ言い難かった言葉を紡いで聞かせた。
途端に四季崎が半眼になる事を予期しながら。


「俺はアンタを斬りたくない」


傷付けたくない。
死なせたくない。
況してや、自身の斬った最初の人にもしたくもなかった。
刀は斬る相手を選ばない、と後世の末孫は言っている。
だが。
同時に一つの人格を持つ人間なのだとも虚刀流七代目は言う。
今の一根の心境を表現に当て嵌めて言うなら、まさにその通りだろう。

大切な人だから。
刀として接するのではなく、人として接したい。


「…ガキ臭せぇおつむなこった」


きっぱりと否定した一根に対し、四季崎は黙って見据えた後静かに瞬きをする。
まるで勝手にしろとばかりに肩を竦め、そっぽを向く。
機嫌を損ねたかと一根が憶測を立てるも束の間、四季崎は不意に振り返り口端を持ち上げて言った。


「まぁ、だからお前を鍛え上げようと思ったんだけどな」


自信に満ちた声色で四季崎はそう言い放つ。
その不敵に笑う様に一根は目を奪われるが、直ぐに慌てて視線を逸らす。
何処か艶冶に見えるその微笑に魅せられまいとした為だった。
だが、青年の努力は刀鍛冶に出会った時から既に無駄に終わっていたのだと。
それに気付くにしては、虚刀流の思考回路はやはり、鈍かった。






























在りし日の追憶
(それはずっとずっと昔の事)
(一人の青年と伝説の刀鍛冶との、馴れ初め話)
(誰も知る事の無い、在りし日の追憶)







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