刀*語

□だって貴女が可愛いから
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なんか色々注意!






「いやぁーっ!」


尾張。
否定姫邸。
ひっそりと趣情緒のある屋敷から、女の甲高い声が響く。
しかしそれは悲鳴ではなかった。
というか明らかに、歓喜からの叫声であった。




















「似合い過ぎるーっ!」


屋敷の最奥、否定姫の部屋。
そこで喜声を上げる否定姫に対し、彼女の重臣は困惑した様に押し黙っていた。
因みに先の聞き覚えのある台詞は本日五度目になるものである。
多いのか少ないのか一様に判断はし兼ねない様な微妙な数字だ。
だがそれは決して奇策士に対して言っていた皮肉の意で用いられてはいなかった。
あくまでも純粋に、陶然という表情をしながら否定姫は称賛を口にする。


「今までアンタにこの服を着せようと思わなかった自分を否定するわ!」
「……ひ、姫様…」
「ああもう、似合い過ぎる…! それにすっごく可愛いわよ」


楽しげに口を開く否定姫に、鈴音の様な声音が小さく言葉を紡ぐ。
彼女を前にどうする事も出来ず座らされた従者。
桃色の形良い唇を引き締め、もじもじと俯き気味にする様は酷くいじらしい。
そんな彼女――右衛門左衛門に否定姫は更に上機嫌になって見据える。

普段のきっちりとした洋装ではなく、美しい着物に身を包んだ右衛門左衛門。
何でもそれは否定姫の物だったのだが、本人に似合わなかった為に長い間箪笥の肥やしになっていたらしい。
黒地に色鮮やかな華が散らされた艶やかでもあり可憐な意匠の着物だ。
試しに着てみろ、と否定姫が仮面の女に提案した事によって、今に至る。

右衛門左衛門にとって主の命令は絶対だ。
無論拒絶などする事もなく、彼女は否定姫のお下がりに袖を通した。
主の召す物を身に着けるなどおこがましい、と思うのだがそこはやはりというか、否定姫が半ば強引にやり過ごした。


「姫様…」
「んー? なぁに?」
「あの…そろそろ着替えても…」
「否定するわ。駄目よ、まだそのままでいて」
「……はぁ…」
「ただ着るだけなんて勿体ないじゃない。もっと着飾ればもっと綺麗になるでしょうね」
「…っ……」


まだやるのか、と言わんばかりの右衛門左衛門に否定姫は恍惚とした表情で彼女に近付く。
紅く長い髪を高い位置で結い上げ簪を刺し、化粧を施そうと手を伸ばす。
襟の後ろ部分を下に引き、衣紋を抜いた着こなしに、これでもかと胸元を大きく開かせた着崩し。
さながら否定姫の奔放な着物の着方の様だ。
しかし普段頑ななまでにきちんと着込んだ女が緩い服装でいるのは、遊女の色香よりも遥かに婀娜に見える程である。
何より恥じらってほんのりと肌を桃色に染めている様が一番柔媚であった。
白い肌が異様なまでに黒い着物に映え、項や胸元が美しくもあり酷く艶めかしかった。


「白粉なんてアンタには必要ない代物よねー。羨ましいわ」
「そんな…姫様こそ、そんな物は不要な物でしょう。白くお美しい肌をお持ちなのですから」
「ふーん…アンタに言われると満更でもなくなるのが不思議よね。それでもやっぱり、アンタには敵わないかな」


化粧など不要な肌に手を這わし、否定姫はうっとりと右衛門左衛門を見つめる。
緊張と嬌羞に更に紅潮する彼女に構わず、すぅっと紅をその小さな口唇に乗せた。
満足げに否定姫は頷いて、心底愉しそうに破顔する。


「やっぱりアンタは可愛くない筈がないわ」


そう呟く笑顔の否定姫に、右衛門左衛門もまた恥ずかしげにしながらも微笑み返す。
やはりどんなに羞恥を抱いても主の為ならば何とも思わないのだろう。
何処までも忠誠心の篤い従者である。

右衛門左衛門の笑みに堪らず彼女に抱き着く否定姫。
それを見て思わず我は奥歯を噛んだ。
あの捻くれ者のお姫様め、我の嫁に手を出すなど大概にしろ。
まぁ彼女を女らしく着飾ってくれた事には感謝するが。

屋敷の中庭のその向こうの塀に隠れてみていても、本当に右衛門左衛門は美しかった。






























だって貴女が可愛いから
(本当に可愛いわよ、右衛門左衛門)
(き、恐縮です…姫様……)
(いっそ食べちゃいたいくらいにね)
(!?)
(く…! 否定姫め…我の嫁は決しておぬしには渡さぬぞ…!(ギリギリ))







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