刀*語

□気紛れバケーション漆
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「あ、あの、すみません…! 煙草を頂けませんか…?」


一刻後。
昼時が近付き賑わいが増した町の中。
煙草、と書かれた暖簾を掲げる店に入り、人鳥は海亀に頼まれた遣いを全うしていた。


「おや、坊主。今日は旦那は一緒じゃねぇのかい?」
「あ、は、はい」
「そうかい。ああ、いつものヤツだろ? ちょっと待ってな」


店の奥から店主らしき男が気さくに人鳥に笑い掛ける。
言動から察して人鳥――正確には海亀は、どうやらこの店のお得意らしい。
そのいつもの、を店主は葉の分量を量り紙に包む。
手際良く包まれた包みを受け取り代金を手渡す人鳥。
それを後ろで右衛門左衛門が見つめていると、不意に店主と目が合った。
かと思えば男は人鳥の頭をわしゃわしゃと撫でながら快活に笑う。


「そうかいそうかい。坊主、今日は母ちゃんと一緒に来たって訳か」
「え…?」
「…………」
「丁度露店も沢山出てるぜ。ちょっくら行って何か買って貰いな」


別嬪な母ちゃんにな、ととどめを刺すかの様に付け足された言葉に右衛門左衛門は絶句する。
それでも楽しげに笑い続ける店主に、人鳥は互いの表情を見比べる。
明らかに気勢が真っ逆さまに墜落した不忍に、ただただ少年はおろおろとするしかなかった。


「え、右衛門左衛門さま…」
「……」
「あ…あの、す、すみませんでした……! ま、まさか、あんな事…い、言われるなんて…少しも……」
「否、」


店を出た後心底申し訳なさそうに詫びる人鳥。
その自責を帯びた言葉に右衛門左衛門は間髪入れずに否定する。


「気にせず。お前の所為ではない、人鳥」
「あ、う…」
「まぁ、どのみち町を歩くつもりだったのだ。行く先が定まって逆に良かったのか」


煙草屋の店主が言う話では、今の時期は出店が多く立ち並んでいるらしい。
祭やら何やらが催されているのだろうか、確かによくよく見れば子供連れが多い気がしないでもない。
尾張の城下町を知る右衛門左衛門からすれば此処は小さな町の部類に入る。
それでも普段尾張で目にする様な賑わいがあるのは、やはりその様な理由故だ。

自然人々の流れに目を向ける。
列を為して、とまでは行かないが一律の目的をもって進んでいるその方向を定める。
遠くで響く太鼓の様な音が聴こえ、右衛門左衛門は人鳥へと視線を下ろし問い掛ける。


「行ってみるか」
「あ、え……あの…い、良いんですか…?」
「無論だ」


遠慮がちに問うてくる人鳥に右衛門左衛門は口端を歪めながら再び即答する。


「その為に遠出をしたのだ。鳳凰からの頼まれ事など後回しにした処で別に構いはしないだろう」
「は、はぁ…」
「乗り掛かった船だ。煙草屋の言う通り何か買って帰るのも悪くはない」


そう言って右衛門左衛門は人鳥の手から包みを取り上げて歩き出す。
慌ててその後を追う少年に対し、男はただ好きなように見て回れ、とだけ言う。
その後ろを、自分はついて行くからと言って。

少し戸惑う様な様子を見せた後、人鳥ははにかむ様に笑い、小さくありがとうございます、と零す。
依然不忍の隣で歩いている少年。
その童子の邪魔にならないよう包みを手に持っていた右衛門左衛門はそれに少し訝る。
しかしその横で左右をきょろきょろと見回す様を見て、彼は直ぐ笑みを口許に浮かべた。






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