刀*語

□The definition of the Love
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哀しみを担う事の出来る、そんな人の哀しみから紡ぎ出される愛こそ、人を切々と愛する愛に他ならないのである。

愛は痛むものだ。
自分の身を裂き、身を削る。
心を砕き、心を配る。
だからとても痛い。
身を裂けば血が流れる。
だからそれは命懸けなのだ。
命を懸けても伝えたい、それを愛と言うのだ。




















「―――…それで?」


淡々と、真面目な表情でその様な事を語った鳳凰に問うてやる。
至って冷ややかに、何を言っているんだと言わんばかりの表情で。
実際この男が何故その様な事を言ったのか皆目見当が付かない。


「私にそれを言って、お前は何がしたいのだ」
「まぁこれと言ってどうこうしようという事はないのだが」


何もないだと?
ならば最初から言わなければ良いものを。


「だが意味が無い訳ではないぞ」
「…?」
「もし懸想がそういうものだと仮定して、果たして我等がその様な愛し方が出来ているのかと思ってな」
「出来ているのか」
「少なくとも我はそのつもりだが」
「…………」


認めず。
一体どの口がそんな大仰な事を言っている。
いつも飄々としているお前に哀しみなど分かるのか。
命懸けの愛など分かるのか。

無意識の内に両手で鳳凰の頬を掴み引っ張ってやった。
力の加減などしていない為、当然ながら男は呻く羽目になったのだが。
この男の呻くなど滅多にない事だ。
貴重な体験をした。


「失敬だな。我でも哀しむ事はあるのだぞ」
「分からず。どうだかな」
「実際死ぬ程哀しかったのだぞ」
「何が、」
「おぬしを裏切った時」


頬を摩りながら鳳凰は遺憾そうに口を開く。
存外真剣な表情だった為思わずこちらが口を閉ざした。


「おぬしを裏切った時、後悔さえしなかったが死ぬ程哀しかった」
「…………」
「だから、我はおぬしを心から愛せる」
「……心から、か」
「命を懸けて、おぬしを愛せる」


要らず。
そんな歯の浮く様な言葉など私には必要なかったというのに。
この男はいつもそうだ。
そう言って私を翻弄する。
そうやって私の平常心を掻き乱してしまう。

だから、と。
そう続けるこの男に再度視線を向ける。
真摯な様子ではあるが、普段通りの従容な雰囲気も窺える微妙な表情。


「逆に我にも問わせて欲しい」
「……何をだ」
「おぬしは、命を懸けてくれるのか」


それが重大だとばかりに見つめ返してくる鳳凰。
その何とも返しようがない気迫に思わず溜息を吐きたくなった。
何故私がその様な事を訊かれねばならないのだ。

哀しみをを抱える者が真に人を愛せるという。
身を削り心を犠牲に出来るそんな愛し方が真の愛だという。
命懸けの愛。
仮にそれが真実だとして、この男はそれを望むのか。
今以上に、それを望むつもりなのか。


「……だからこそ、私はお前とこうして向き合っているのだろう?」


哀しみを乗り越えたから。
全てを犠牲にしてまでそれを貫いたから。
命懸けで、愛したから。
今でもそういう意味では必死になっている私にこれ以上何を望むというのか。
命までも差し出せば満足か。

鳳凰の問いに腹が立ってまた頬を摘む。
八つ当たりに近い気もしない事はないが、自尊心を合理化して思い切り抓る。
眉は顰めたがそれ以上抵抗を見せないこの男に不審を覚えた。
逆に破顔する鳳凰に、不審どころか不気味さまで加えられたこの男に思わず私は畏縮した。


「それもそうか」


ああ、そうだ。
分かったのなら二度とその様な瑣末な事を訊くな。
私は一々言葉で確かめ合う様な時間の無駄はしたくなどない。

頷く鳳凰の頬から手を離す。
気が済んだとばかりに離れれば再び痛そうに自身の頬を摩る男にいい気味だと思った。
暫く両頬に残った私が抓った跡が滑稽だった。






























愛の定義
(お前の為に身を裂き、血を流し、心を砕いた)
(仮にそれが真の愛し方だと言うのなら)
(だからこそ、私はお前とこうして向き合っているのだろう)







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