刀*語

□お前しか見えてない
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七花ととがめの場合






「―――とがめ!」


眼前を全力疾走で駆ける白髪の女を七花は同じく全力疾走で追い掛ける。
あんな底の高い履物でよくあそこまで速く走れるものである。
そんなどうでもいい事を考えながら青年は直ぐにとがめの元まで距離を縮めていった。
もう一度とがめ、と呼ぶといきなり彼女が振り向いたので少したじろぐ。


「ちぇりおー!!」


しかしたじろぐ暇もなく七花は鳩尾にとがめの正拳突きを喰らった。
いきなり身を捩って勢い任せに仕掛けられたが大して衝撃はない。
そのまま体勢を崩したとがめを支えると、直ぐに新手の攻撃が彼女から繰り出された。


「と、とがめ、落ち着けって」
「やかましい! 目の前で浮気の現場を見せ付けられて落ち着いていられるか!」
「いや違うって、あれは浮気なんかじゃなくって」
「これまでの浮気が可愛いくらいに衝撃を受けたぞ!」
「だから……ていうか、これまでって何だよ。俺、浮気した試しなんて無いんだけど」
「話を逸らすな!」
「…………」


自分から話を振っておきながら。
そう心中で呟くが七花は何も言わない。
ただただ胸板をぽかぽかと叩きながら喚くとがめの話を聞き続ける。


「まさか其方がそちらの気があるとは思わなかったわ! 何故もっと早く言わなかったのだ、このたわけー!」
「と、とがめ…?」
「男色趣味の男を旅路に連れていた私は一体どうなる!? 無理矢理こちら側に引き戻そうとしていたのだぞ!」
「とがめ、」


徐々に力を失っていく拳に七花が不審に思い女の顔を覗き込む。
俯いたその蘇芳の双眸に大粒の雫が浮かんでいるのに彼は直ぐに気が付いた。
ぽつり、と小さく呟くとがめの言葉に、青年は静かに耳を澄ましそして緩く大きく目を見開く。


「ば、馬鹿みたいではないか…! 其方……初めから、私に興味などなかったのだろう…?」
「…………」
「……な、何とか言ったらどうなのだ!」
「あ、ああ」
「“ああ”!? ま、まさか其方、本当に…!」
「いや、違うよ。そんな事ある訳がない」


呆けた様に黙り込む七花。
そんな彼の反応に、とがめは片目から一粒涙を零すと再び怒鳴った。
青年の生返事を誤解した様な口振りで憤慨する。
そんな彼女に間髪入れずに、七花は真摯に否定した。

七花は単に驚愕から言葉を失っていたに過ぎなかった。
以前出羽の将棋村で、汽口に対して見せたとがめの嫉妬心。
それに負けず劣らずの反応に、彼は退いているというより寧ろ喜悦を感じていた。
あの時も相当混乱していたようだったが、今回は今回でまた大仰である。
とがめのあまりの乱心振りに密かに――無意識的に、七花は萌えていた。


「俺はとがめしか眼中に無いって」
「う…」
「それ以外なんて有り得ないよ。何度もそう言ってるだろ?」


不安げに見上げてくるとがめに青年の背筋を何かが駆け上がる。
所謂悦楽というものなのだが、そんな事が感情の認知に乏しい七花に分かる筈もなく。
自身でも分からない胸の蟠りに困惑しつつも、女の涙を拭ってやり抱き締めた。

それが愛しい、恋慕の念だという事を。
青年が分かるようになるまで、そう長くは掛からないだろう。


「俺にはとがめだけだ」
「…ふん。当たり前だ」
「愛してるぜ」
「そうだ、もっと私を愛せ」


やっと機嫌を直してくれたとがめ。
彼女の華奢な抱擁を感じつつ、七花は微笑みながらふと余所事を思い出す。
そういえば、真庭鳳凰と右衛門左衛門はどうしただろうか。
しかし考えても詮なき事、元より考える事が苦手な青年はあっさりと思考をそこで放り出した。






























オンリーユー!
(大体、俺にそっちの趣味はないし。鳳凰も俺に言い寄ってなんてなかったぜ)
(む…そうなのか?)
(多分、あの様子だと四季崎か何かだったんじゃないかな。俺が初代の生き写しだ、って言っただろ)
(確かに…あの鳳凰の乱心でなければ、あれは四季崎記紀本人だったのかもしれんな)
(鳳凰、とがめが走って行った後すげぇ真っ青だったぞ)
(ふん、それは是非とも見ておきたかったな。惜しい事をした)






110527.
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