刀*語

□気紛れバケーション捌
2ページ/5ページ






宵の口近く。
空が赤らみから紫、群青と変わりつつある頃。
鴛鴦や右衛門左衛門がそろそろ食卓へと食器を並べ始めるかと慌ただしくしていた時である。


「「「―――わっ!」」」


と。
突然台所から短く大きな複数の声が聞こえる。
それに食卓に座り話し込んでいた頭領達が驚き振り返る。
因みに虫組の三人と海亀、そして人鳥の五人だ。
何事か、と彼らが思う反面、台所に立つ人物等を見て直ぐに状況を察知した。

鴛鴦と右衛門左衛門が夕餉の準備に勤しむ台所。
狂犬は現在不在ではあるが、その見慣れた光景は非番であった頭領達には日常だ。
だからこそその二人、或いは三人以外の者がそこに居るのは不自然なのである。
しかも、非番ではなかった筈の問題児三人組が居るというのは。

脇目も振らず頭領達の食器――延いては茶碗などを盆に積み上げる右衛門左衛門。
恐らくはこれらに付け加え湯呑みなども一気に運んでしまおうと思っていたのだろう。
最後に取り出した茶碗を彼が手に持っている際に、突然空気が変わった。


ぱり―――ん!


「…っ……、なッ…!」
「あ、」
「「あ!」」


唐突に、後ろから明らかに驚かせる為の様な声を聞かされ右衛門左衛門は肩を跳躍させて驚く。
その拍子に取り零してしまった茶碗が無惨に地面へと落下する。
透き通る音と共に粉々に割れた陶器に、背後に立っていた三人――蝙蝠、川獺、白鷺は声を上げた。
傍目でそれを見ていた鴛鴦といえば、呆れた様にそのやり取りに嘆息を吐く。


「…何やってんだい、アンタ達」
「蝙蝠、川獺、白鷺……帰っていたのか…」
「そうだよん。ただいま〜」
「「あああああ!」」


ひらひらと手を振って挨拶する川獺。
そんな彼を右衛門左衛門は呆然としながら見遣る。
すると川獺の横に居た蝙蝠と白鷺が一際大きな声を上げて床を凝視した。
粉々に砕けた陶器の破片へと蒼白になりながらも視線を向けていた為である。


「だぁー! 俺の傑作品がぁー!」
「…! は…」
「碗茶の俺かういてー!」
「…?」
「ああ…そういえばそれ、白鷺の茶碗だったわね」
「だな。てか、それお前が作った茶碗だろ。まんまとやらかしちまったな、蝙蝠」
「何しみじみと他人事みてーにほざいてんだよ! こっちは一大事だっつーの!」
「仕様が無いだろー、割れちまったもんはよ」
「蝙蝠…その茶碗は、お前が作ったものだったのか」
「まーな。趣味で色々作ったんだけどよ…」


しゃがみ込み大事そうに茶碗だったものの一欠片を手に取る蝙蝠。
その隣で白鷺もちょこんと座り込んでそれを見つめる。
あれだけ、無駄に、と言っても良い程までに元気の良い二人が、である。
右衛門左衛門は思わず何と言ったら良いか分からず当惑しながら見つめた。


「ああ……俺様傑作の瀬戸焼が…」
「が碗茶の俺…」
「諦めなさい、割れたものは仕方がないだろう」
「だな。また新しく良いもん作ればいいだろ」
「確かまだ予備の黒い茶碗があったわね。確か…」
「有田焼…」
「そう、それそれ。白鷺、アンタ今日はその茶碗使いなさいな」
「たっか分…」
「……経緯はどうであれ…何やらすまなかったな、蝙蝠、白鷺」
「いやいや、右衛門左衛門が謝る事じゃないぜ」


いそいそと二人で片付け出した蝙蝠と白鷺に右衛門左衛門は心底申し訳無さ気に呟く。
驚かせてきたのは三人の方であるが、不注意で落としてしまったのは不忍の方である。
二人の落ち込みようを見ていて、右衛門左衛門は自然罪悪感に駆られていた。
そんな杞憂を川獺が悉く打ち砕く。


「大体、事の発端は俺らだしな。そういう意味では自業自得だったって事だ」
「んじゃーねてし損も何前お」
「そーだそーだ。お前もお気に入りの茶碗割られた方がよっぽど清々するっつーの」
「それも結局お前が作ったヤツじゃん」
「「あー…」」
「ほら、何時まで喋ってるんだい。夕飯出来たから早く座りな」


終わりの糸口が見えない不毛な会話を続ける三人に鴛鴦が苦笑を浮かべながら声を掛けた。
新たに黒塗りの茶碗を持って来た彼女に促され、右衛門左衛門もまた食器を乗せた盆を運ぶ為に両の把手を掴んだ。
渋々と蝙蝠、白鷺、そして川獺が食卓へと向かう。

恐らく、というか、明らかに。
任から帰って来たのはこの三人だけなのだろうと右衛門左衛門は判断する。
食卓に食器を並べる際も二人分の茶碗、湯呑みが余り、更にやはり席も二つ空いていたのだ。
未だ小さな用事の為に出掛けて行った狂犬は除いて。
喰鮫、そして鳳凰は未だ帰って来てはいない。


「…………」


寂しくなかった、と言えば嘘になるかもしれない。
しかし、人鳥の存在が大きくそれを和らいでいた、というのもまた嘘ではない。
鳳凰の居ない真庭のこの家屋で、彼は言い知れぬ思いと共に二日を過ごしていた。

不意に台所へと右衛門左衛門は急須を取りに戻る。
米を装い始めた鴛鴦や蟷螂を傍に頭領等に茶を注ぐ為である。
すっかりと家族の一員として努める赤毛の忍が、急須に湯を注ぎ入れているその時であった。






次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ