刀*語

□真庭狂犬の憂鬱
1ページ/3ページ







「海亀ちゃん。頼むから私を罵って頂戴な」


突然。
ちゃぶ台を挟んで対峙する様に座っていた海亀は狂犬を凝視する。
机に額を押し付けて項垂れる彼女に、緑の忍は呆れた様に口を開いた。


「……何を突然言い出すかと思えば…狂犬、おぬしそういう趣味でもあったのか」

「違うわよ! 失礼ね!」

「じゃあ何じゃ」

「私、姑としての義務を果たしてないと思うのよ!」

「はぁ?」


煙管に火を点けようとしていた海亀が表情を歪めてその火種を持った手を止める。


「ほら、よく有りがちじゃないのさ。嫁をいびる意地クソ悪い姑とか」

「まぁ、聞く話だの」

「私にはその要素が足りない!」

「需要あるんかい、そんな要素に」

「当たり前さね! 嫁をいびってこそ初めて姑と言えるってモンよ!」

「知るかいな」

「ちょっと真剣に聞きなさいな、海亀ちゃん。私は大真面目なんだよ」

「そんなモンでいちいち大真面目になるなや、馬鹿馬鹿しいの」


思わず本音が漏れた海亀に向かって、空になっていた湯呑みが狂犬によって投げ付けられる。
すんでの処で避けたのはよかったが、その後に飛んできた湯呑みの蓋までは流石の海亀も避けられなかった。
思い切り額に命中し、言葉に表せない痛みに堪えながら何とか態勢を整える。


「…ッ大体おぬし、鴛鴦と仲良さげだろうが! 今更いびる事なんぞ出来るのか」

「何言ってんのさ、海亀ちゃん。私に鴛鴦をいびるなんて出来っこないに決まってんでしょうが」

「おぬしもう一遍姑が何たるかを言ってみろ」

「大体姑ってーのは身内には優しいモンなのよ。寧ろ余所から来た人間にこそ厳しいのさ」

「……てー事は、」

「そう、右衛門左衛門ちゃんよ! 私はあの子の姑としてしっかり役目を果たしてない!」

「何でも良いが右衛門左衛門……ご愁傷だの…」

「だから今日から右衛門左衛門ちゃんをいびろうと思う訳さ!」

「おお、おお、もう止めやせんわ…好きにしろ」






























「―――…で、思うんだけどさ」

「何じゃ」

「右衛門左衛門ちゃんっていつも仕事の合間縫って顔出すじゃない?」

「まぁ、そうだの。…何じゃ、仕事辞めて真庭で嫁として生活しろとでも言うんか」

「そんな馬鹿な事言わないわよ、忍は仕事が命だからね。寧ろ時間割いてまでわざわざ来てくれるのだって感謝しないとねぇ」

「………そうだの」

「ただね、顔出すならそれなりの礼儀は尽くして貰わなきゃとも思う訳よ。手土産とかさ」

「図々しいのぅ」

「何よ、それが姑ってモンでしょ!? 大体土産も無しに旦那の実家にお久し振りですー、なんて言って来れる嫁こそ図々しいわよ、そうじゃない?」

「ああ、そうだの。だがな狂犬、その嫁からの土産喰いながら言われても説得力なんぞないわ」


茶を啜りながら静かに突っ込む海亀。
この鋭い指摘に狂犬は思わずうっ…と言葉に詰まった。
そんな彼女の片手には右衛門左衛門が持ってきた饅頭が鎮座しており。


「くっ……こ、これは仕方ないのよ…! だって…だって松○まんじゅうなのよ!? そんなの食べたくなるに決まってるじゃないのさ!」

「いや、確かに○平まんじゅうは尾張の国の地方名物品だが。その旨さは流石に地元事情過ぎて分かりにくい」

「黒糖饅頭の癖にこしあんが甘過ぎなくていくらでも食べれるわ!」

「止めんか。何を何気に宣伝しとるんだ」

「姑の好みをよく理解しているだなんて……右衛門左衛門ちゃんも侮れないわね…!」

「どうでもいいが、ちゃんとガキ共の分まで残しておけよ」






次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ