刀*語

□真庭狂犬の憂鬱
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「でも私、右衛門左衛門ちゃんが料理以外にウチの事やってる処見た事ないわ」

「何言っとる、こないだ人鳥と一緒に玄関に打ち水しとったろうが」

「で、でもそれくらいでしょ…」

「蟷螂と畑の雑草毟りもしとったの」

「…ッ……でも、家の掃除なんてしてた事ないでしょうが…!」

「馬鹿言え、先週風呂場の掃除を鴛鴦とやっとったろうが。湯舟の垢まで綺麗に取っておぬしも喜んどったろう」

「そ…それは……」

「つか、さっき蝶々や蜜蜂達と廊下を雑巾掛けしとったろうが。何じゃ、ボケが始まったか、狂犬」

「〜〜〜ッ! …アンタどっちの味方なのよ、海亀ちゃん!!」

「少なくともおぬしみたーな性格の悪い姑の味方ではないの」


ケロリとサラっとそう返す海亀。
確かに正論ではあるが、狂犬がそれに納得する筈もなく。
飄々と煙管を銜え煙を吐く男に、真庭の重鎮は茶請けが入っていた鉢を彼に向かって投げ付けた。
勿論茶請けは机の上に避難させた状態で。

流石に用心をしていた海亀は難無くそれを避ける。
必然的に彼の背後に飛んでいった鉢は壁と衝突すべく一直線に進む訳で。
あと少しで粉々になる、という処で、それは人の手によって止められた。


「っ……分からず。どうしたんだ、鉢など投げて…言い争いか?」

「えっ…右衛門左衛門ちゃん…」

「まぁ、そんな処だの」

「そうか…なら私が口を挟む事ではないな。だが…」

「何じゃ、どうかしたか」

「そろそろ茶が冷めてしまった頃だと思ってな。淹れ直してよいかどうかだけ聞きたいのだが」


どうする、と首を傾げる右衛門左衛門。
そうしながらも投げられた鉢の中に再び茶請けを戻していく。
それを見ながら海亀は嫁の鏡だ、と心中でしみじみと呟いた。
そしてまたちゃぶ台に突っ伏す狂犬に構わず茶のお代わりを洋装仮面に頼んだ。


「否まず。分かった、今淹れてこよう」

「ああ、頼む」

「…………」

「……狂犬、」

「…………」

「これで気が済んだろう、性悪な姑なぞ止めとけ」

「か…完敗だわ……」


力無く呟く狂犬。
そんな彼女を見つめながら、海亀は煙管の灰を落として火を消した。
そのまま管を机に置き、茶菓子の包みを開く。

丁度艶やかな茶色の饅頭が紙包みから現れた処で、熱い番茶がちゃぶ台に並んだ。





























真庭狂犬の憂鬱
(改めて分かったわ。右衛門左衛門ちゃん…本当に良い嫁だ、文句の付け処がないよ)
(これからも大事にしてやる事だの)
(海亀ちゃん……アンタも大概良い舅よね…)
(止めんか。へこむ)







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