婆沙羅3 第二陣

□Won't leave you alone.
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哀しい目をしていた。
何もない、深く、真っ暗な海の底の様な目だった。















「私を決して裏切るな。何があろうと。決してだ」


跪く石田に伸ばした手は奴に触れられる事はなかった。
凛然と立ち上がる奴の目は、真っ直ぐに俺を見て逸らさないのに何処か虚ろで。
威圧的な台詞と裏腹に、その声色は頼り無さげで不安定だった。

同盟を結びに来たというのに歓迎もしなければ言葉も掛けてこようとしない、豊臣を担った武将。
石田三成という痩躯で神経質そうな男は一言だけ俺に言った。
裏切るな。
自分に付くのなら、決して寝返ったりはするな、と。

四国の襲撃同様、石田も家康に裏切られた者の一人だ。
だからその時の喪失感も絶望も痛い程分かる。
無論俺にはまた家康に付く気なんざ更々ない。
にも拘わらず、あの釘を刺すよりもきつい言い草はどういう事なのか。
噛み付く様なそれと、懇願の様にも聞こえる口調。
石田から、憤怒と悲愴が入り混じっている感情の匂いを感じた。


「…アンタは純粋なんだな」
「……何…?」


唐突に話し掛けた事が意外だったのだろうか。
怪訝に俺を見遣る鶯色の目は見張っているかの様で。
些細な事であるのに逐一反応を見せるその様に、確信を持って言葉を続ける。


「裏切られるのが怖い。人を疑う事を知らない。自分に嘘が付けない。だからアンタは儚くて脆い」


まるで砂上の楼閣を人の形にした様だ。
そう感じられる程頼り無さげな男。
石田を生かしているのは一体何なのだろうか。
そう思える程までに、この男からは孤独を感じる。


「何故手を取らない? 他人の力を借りようとしない?」
「…………」
「いっそ人に縋った方が楽な事くらい、アンタなら知っている筈だろう」


目を見開かれる。
だが、直ぐ逸らされた。
その際の瞳の奥に、石田の暗い部分を垣間見た気がした。

嗚呼、そうか。
手を取る事さえも、アンタは怖いのか。

攻撃的な物言いも、人に距離を置くその仕種も。
疑心暗鬼の心は、皆一重にその蟠りがあるからだ。
萌葱色の切れ長の双眸が語る。
孤独である事の苦痛を。
また誰かを亡くすかもしれない事への恐怖を。
手を伸ばしたくても伸ばせられない、切なさを。


「俺が守ってやるよ」


この不憫な宿命は変えられないのだろうか。
何も持たないこの男に、再び顔を上向かせる事は出来ないのか。
確かに大切なものを石田は失ってしまった。
ならば、それを再び見つける手助けくらいは俺にも出来ないのだろうか。


「アンタは、俺が絶対ぇ死なせねぇ」


そう静かに強く石田を見つめると、ゆっくりと振り返りこちらを見た。
その時の石田の表情が酷く哀しげで、そして僅かながら安堵の色をも浮かべていて。
再び逸らされる、その双眸は微かに濡れていている様に見えた。






























Won't you leave alone.
(独りになんてさせない)
(俺がアンタの逃げ道に、縋れる手になってやるよ)






101112.
 

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