婆沙羅3 第二陣

□友よさらば
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貴方の背中に羽根を見る
鎗の先に宿るものとは
哀しい程無縁のものでしょう
貴方の役目は他にあった筈















やれ、何処へ行く。
何処にも。
帰り道はその方向ではないぞ。
分かっている。
では何処へ行く。
…赦しを請いに。

振り向かなかった。
ふらりふらりと覚束ない歩みをも止めなかった。
そんな友から最後に聞いた言葉は、君子の名だった。
今はその呟く様な声音さえも思い出せない。
幾分遠い過去の事、徐々に色褪せてきた記憶に今更狼狽もしなかった。
もう、我が友は我の眼前には居ない。
それ以上に虚無を感じるものなど我にはなかったのだ。

あの日三成は姿を消した。
徳川を、太閤の仇であった男を手に掛けたあの日。
絶望に咆哮し慟哭する三成を、我はただ見ているだけであった。
掛ける言葉もなかった。
肩に触れてやる事も、我には出来なかった。

三成をここまで追い詰めたのは徳川ではない。
恐らく、この我だ。
さんざめく星を呼ぶに至り、我は三成に無茶をさせ過ぎた。
こうなる事を予測する事など自身には容易かった筈であるのに。
だが、我は、敢えてそれから目を瞑っていたのだろう。
他の道はあったやもしれない。
ただ、それは以前の平穏無くしては決して歩めぬものという事も我は悟っていた。


太閤の顕在していた頃、三成は光だった。
徳川の様に眩しく煌しいものではないが、確かに光だった。
それは月光の様に、紙燭の灯の様に、蛍火の様に。
太閤の下瞬く様は、酷く淡く柔らかいものであった。

あの頃の三成が、あの事の始まりの日に失われてさえいなければ。
三成は更に心を壊さずに済んだやもしれぬ。
あの優しげな光さえ壊されていなければ。
三成の生きる道は、他にもあった筈なのだ。
しかし太閤亡き後に残ったものは鋭い刀の様な目と憎しみのみ。
どれだけ比べようとも相容れぬものだけが残った。
それがどうにも揺るがぬ事実であった。


徳川の骸を後にした三成は、独り彷徨う様に去って行った。
その後どれくらい時が経ったであろうか、いよいよもってあの男は戻っては来なかった。
あの時三成を引き止めなかった我に悔いを抱いている訳ではない。
ただ、今我が友が、何処かを独りで居やしないかと思うと焦燥が募った。
決して独りにはさせまいと、これ以上傷付く事さえ出来ないまでに傷付いた心を守ろうとしてきたというのに。

太閤と、その親友であり軍師であった者の墓前にも居ない。
何度此処へ訪れてもあの銀髪の男の姿を見る事はなかった。
他にも、三成が居るやもと思える所も全て居ないのだ。
まるで始めから存在などしておらなんだかの様に。


「―――…やれ、三成」


我は、決してぬしを裏切らぬ。
ならばぬしも、我を裏切らぬであろ。
幾ら待てど来ぬぬしであっても、何時か、必ず此処には戻って来やるであろ。
そう懇願する様な響きで独り呟く自身が酷く矮小に思えた。

嗚呼、我はもう祈る事しか出来ぬのか。
我はもう何も持たない病床のみの存在になってしまった。
ならばいっそ此処で朽ち果ててしまえれば。
この虚無は決して、もう二度と消えぬものであるというならば、我は―――…






























友よさらば
(ゆらゆらゆ〜ら古い墓石の前に咲いた蒲公英)
(息をついたら真っ直ぐに此処へ帰って来て)







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