婆沙羅3 第二陣

□美しき天守閣
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「―――だから妾は、其方の事が好きなのじゃ」


突然の言葉に三成は思わず目を見開いて驚いた。
しかしその一方で熱烈な告白をした女はただただ彼の様子を見て笑っている。
ふふふ、と蠱惑的に笑う様は、彼女が異境の存在である事を色濃く表していた。















事の発端は半刻程前に遡る。
年に一度行う大阪城の天守閣の修復の為、多くの大工や職人が集まった今日。
その工事中の間、何気なく三成がその様子を見ていた事から始まる。

秀吉や半兵衛が存命の時から続く、ある意味で言えば恒例の行事と化した光景である。
郷愁に浸り、また完璧な形を保ち続ける天守閣に感慨を感じるのも三成にとっては至極当然の事だろう。
白い外壁、その奥にそびえ立つ城を眺める彼にそれが声を掛けたのは丁度その時だった。


「今年もまた、妾を美しく直してくれるのだな」


凛然とした、それでいて優美な声音だった。
唐突に聞こえてきた声に三成が振り返る。
気配は全くしなかった筈である。
警戒の目を背後へと向けると、そこにはこの場に似つかわしくない佳人が立っていた。

長く艶冶な髪に、すらりとした顔立ち、体つき。
飾り気のない着物に身を包むその女に三成は全く見覚えなどなかった。
静かに微笑むその様は何処が浮世離れしており、男は無意識の内に眉を顰めた。


「誰だ、貴様は」
「この城に住んでおる者じゃ」
「馬鹿を言え。貴様の様な女がこの城に居る訳がない」
「居るぞ。其方が此処へ来た時よりもずっと前からな。なぁ、三成」
「何?」


不意に見知らぬ女から名を呼ばれ三成は訝しむ。
先程から不可解な言葉ばかりを紡ぐ美女。
一体彼女は何者なのかと、そう心中で独り言ちればまた女は紅唇に笑みをのせる。
まるで三成の心を分かっているかの様に、女は自分の名を名乗った。


「妾の名は長壁姫。この城の守り神じゃ」
「何だと?」
「正確にはあの天守閣の、なのじゃがな。どうじゃ、あれと同じくして妾もなかなか美しかろう?」


あれ、と言って修復半ばの天守閣を指し、女――長壁姫は嬉しげに問い掛ける。
その笑顔は世の男を一目で虜にしてしまえる程に艶美で華やかであった。
が、しかし、その手の事には一切興のない三成にとってはその笑みさえもさらりと流すべきものだ。
逆に守り神だと言ったその言葉を信じるか否かだけを考えている。
天守閣と長壁姫を交互に見つめ、半信半疑になりながら三成は口を切る。


「…秀吉様や半兵衛様は貴様を知っておられたのか」
「秀吉は妾の事を知っておったぞ。何せ妾はあの男としか会いもしなければ話しもせなんだからな、半兵衛は妾の事を知らぬであろうよ」
「……そうか」


三成が崇拝するかの覇王とその腹心であった軍師を親しいものとして語る長壁姫に、男は素直に納得した。
漸く彼女に対する警戒を解いて三成は天守閣の守り神へと向き直る。
太閤の知り合いとして、対等に話すべき相手と見なした為であろう。
女もそれをつぶさに悟り、三成に好意に満ちた笑みを零して語り出す。


「秀吉は、最初は妾の存在を信じてなどおらなんだ。しかし他人に見えず自分にしか見えない女なぞ嫌でも割り切る他なかろう?」
「無理もない事ではないか。私も実際異形のものなど信じてはいない」
「そうであろうよ。三成、其方はほんに秀吉に似ておる」


くすくすと笑いながら囁かれる言葉に三成は疑念を抱く。
秀吉に似ている、という言葉は純粋に欣然が胸に浮かぶものではあるが、何故そう揶揄されたのかが疑問なのだ。

すると、長壁姫は一定に保っていた距離を歩んで縮めていく。
三成の眼前にやって来たかと思えば、不意に冒頭の言葉に戻った。






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