婆沙羅3 第二陣

□鼬ごっこ
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――すぱん!

という小気味の良い音を立てて障子が開かれる。
この部屋の障子戸をこの様にして開ける者など独りしか居ない。
しかし彼は薄暗い室内を見渡し、目当ての人物が居ないのを確認し眉を顰めた。


「…………」


ばたん!

再び大きな音と共に戸を閉めると今度は大きな足音を立てて三成は吉継の部屋を後にする。
てっきり居るとばかり思っていた友が居なかった為、出鼻を挫かれた気分である。
もう既に城の門前まで足を運んでいるのかもしれない。
そう思い準備を整えている兵達の間を縫うではなく押し退ける様に一直線に歩いて行った。


「刑部殿ですか? 先程鉄砲隊の方へ参られましたが」


戦前の少し緊迫した空気の漂う城の門前。
何処にも宙に浮かぶ輿が見当たらない為近くに居た兵の一人に話し掛ける。
存外具体的な答えが返ってきた事に若干意外に思うが、三成は再び踵を返して門前から武器庫へと向かう。
何故なら鉄砲隊は今頃鉄砲や火薬を運び出しているであろうからだ。
ばたばたと落ち着きのない倉庫の入り口に居た兵に吉継は中に居るのかと聞けば、直ぐに答えが返って来る。
だが。


「刑部殿は、今し方騎馬隊の所へと戦車天君を見に行かれました」


丁寧に受け答えした豊臣兵に対し三成の眉にはギュッときつく皺が刻まれる。
どうやら既に此処を後にしていたようだ。
入れ違いになった事に苛立ちを覚える反面面倒だと思う。
しかし四の五の言っては居られない為、今度はからくり馬車とその馬の居る厩へと向かった。

からくりの整備を最終確認している場に足を踏み入れ辺りを見渡す。
やはり何処にも吉継の姿は見えない。
近くで物を運んでいた兵士に不機嫌極まりない表情で居場所を聞けば怯えながらも言葉を返される。


「ぎょ、刑部殿なら、さっき、石田殿を捜しに…城内へと……」


恐る恐るという風に言った兵に対し三成は鬼の形相を浮かべた。
それは先程の不機嫌さの比ではなく、明らかに激昂しているのが分かる。
まさに凶王、と兵が心中で独り言ちる前に彼は厩を後に自室へと向かった。
しかも走って。

床が貫けるのではと思う程に三成は荒々しく廊下を走る。
今度こそは入れ違いにならないようにと思っての事だろう。
だが些か擦れ違う者達が恐れ慄くが故にせめて俊足で走る事だけは止めて欲しいものだ。
そう注意を促す者も、三成が捜す友人以外に誰も居ない事がまた難点であるが。

自室に着いて吉継の部屋同様痛快な音を立てて障子戸を開ける。
見慣れた自分の室内に誰も居ない事を知るや否や、三成は奥歯をぎりぎりと噛み締めた。
また入れ違いかと悔し紛れに部屋を睨め付ける。
また捜さなければと身体を捻った途端、後方から声が掛かって無意識に足を止めた。


「…やれ、此処に居ったか、三成」


勢い良く振り返れば、そこにはずっと捜し回っていた吉継がゆっくりとこちらへと輿を向かわせている処だった。
やっと見つけた、と三成が安堵するよりも早く、彼は吉継に詰め寄り憤慨した様に口を開いた。
随分と捜し回っていた旨を友人に伝える。
それを静かに頷いて聞いていた吉継が不意に笑い声を上げたと思えば、意外な言葉が三成へと返ってきて。


「いや何、我もぬしを捜しに城を見回っていた故」


どうやらそれが仇になった様な、と漏らす吉継に三成は一瞬呆気に取られる。
堂々巡りを繰り返してしまった要因が互いに一致した事に、呆れていいのか笑っていいのか分からなくなった。
それは吉継にも同じ事が言え、苦笑を浮かべ愉快だと揶揄を紡いでいる。

当たり前の様に互いが互いをを呼びに行くのだから、偶にこの様な事が起きても仕方ないのだと胸中で呟くのもまた同時であった。

























鼬ごっこ
(今度からは私が貴様を呼びに行く)
(さようか)
(だから大人しく部屋で待っていろ)
(然もありなん、我も不用意に動き回らずとも良いのならば喜んでぬしを待とう)
(……ふん)






たまにはこんな事あってもいいと思う。
101019.
 

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