婆沙羅3 第二陣

□変わらないモノ
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三吉。






「三成、すまぬが少し笑んでみてはくれぬか」


唐突に紡がれた要望。
その言葉を口にした眼前の男に対して三成は俄かに驚く。
普段通り読書をしたり庭先をぼう、と見つめたりと静かに時を過ごしていた、その時である。
敷居のその向こうの景色から視線を逸らすと、三成は吉継へと顔を向けた。


「…何故だ、刑部。貴様らしくもない」
「いやな、大した理由ではないのだが」
「…………」
「ぬしが笑う時は大層心地が好いという事を今更ながら思い出したのよ」


さらりとその様な事を言うものだから更に驚愕する。
今まで吉継が自身に対し笑えなどと頼んだ事など一度としてない。
三成もまたその様な頼みを彼にした事もない。

ならば何故、突然その様な事を。
何故、突然思い出したのだろうか。


「いや、然すれば、大層な幸が感ずれようと思うてな」


静かな、穏やかな声で彼は言う。
あの頃の、平安で幸福だった日々を思い出したのだと。
あの日々の心地好さには、必ず三成の笑顔があったのだと。

三成もその吉継の心持ちが分からないではないと思う。
確かにあの頃は自身も笑っていたし、吉継も随分穏和に過ごせていたと思うからだ。
だからこそ互いの口から心地好い、などという言葉を言った事もなければ聞いた事もなかった。

それが当たり前だと思っていた。
笑っている事がではなく、その感情が、その幸福が。
そして、今もそれは変わらない。

少し俯き気味に手元を遊ばせる吉継。
不意に三成はその肩を引き寄せると自分の腕に閉じ込めた。
唐突な出来事に身を硬直させる吉継に、三成は至極穏やかに言葉を紡いだ。


「私は、貴様が私の側に居るだけで、それだけで充分に幸福だ」


それだけは、変わらない。
あの日々でも、今でも。
そう呟いた三成に吉継は小さく息を呑む。
驚愕や欣然からどう言葉を返せば良いか分からなかった故だろう。

そっと三成の背に包帯の巻かれた腕が伸びる。
そうよな、と小さく聞こえるかどうかの掠れた返事が返され三成は更に抱擁を強くした。
彼の肩口で端麗な微笑を三成が浮かべると、吉継はああ、と一度だけ感嘆の息を付いた。






























変わらないモノ
(貴様が側に居る事、それに幸福を抱く事)
(ぬしの美しき微笑、ぬしの優しげなる抱擁)






110326.
 

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