鋼*錬

□抗えない人
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マイキン。甘い(?)ギャグ。










何が一体どうしてこうなった。










誰かがドアを叩く音で目が覚めた。
時刻は次の日を2時間程回った処で、とても爽やかなモーニングコールだとは思えない。
大抵こんな時は非常事態で部下が私を呼びに来たと相場は決まっている。
仕方なくベッドから起きてコートを羽織り未だ叩かれるドアを開けた。


「…どうし―――…」
「マイルズ少佐、」


開けた瞬間驚愕と後悔でどうしたらいいかよく分からなくなった。


「少佐、」
「…………」
「マイルズ少佐、」


何故お前が私の部屋をノックしているんだ。
そんな言葉が口から漏れかけたが寸での処で飲み込んだ。
そんな咎めはこの男の前では大した意味などない。


「就寝中でしたか?」
「見れば分かるだろう」
「それは失礼」


全く失礼とは思っていない口振りだ。
人を食った様な薄い微笑を浮かべこの男――キンブリーは謝罪を述べた。

しかし、何の用なのか。
ブリッグズ兵が呼びに来なかった時点で緊急事態ではないようだが。
いや第一こいつが此処に居る事自体がおかしい。


「……で、私に何の用だ」
「ああ、その事ですが」
「…?」
「今晩、貴方の部屋に泊めて頂けますか」
「は?」


今何て言った。
いや、待て待て。
どう考えてもそれはおかしいだろう。
大体泊めろ、って何だ。
こいつには仮宿として部屋を一室与えていた筈だ。


「……って、おい!」


少しの間考えあぐねていると横を何かが通り過ぎる。
かと思えば目の前に居たキンブリーの姿が消えていた。
何勝手に部屋に入っているんだ。
返答さえ聞かないのか、この男は。


「まだ良いとは一言も…!」
「…部屋に、」
「ああ?」
「部屋に、居られなかったもので」


視線を逸らす様に顔を俯かせるキンブリー。
よく見れば普段結わえている筈の髪は無造作に解かれ、上半身はシャツ一枚である。
こんな極寒のブリッグズの夜にそんな薄着でよく居られるものだ。
青藍の双眸が何処を見つめているかは分からないが、何か只事ではない事があったとだけは察しが付いた。


「……何かあったのか」
「…………」
「……キンブリー、」


「ゴキブリが部屋に出ました」


「………………は?」
「ですから、私の部屋にゴキブリが出ました」


この男が何と言ったのか咄嗟に理解出来なかった。
そんな阿呆みたいな理由で部屋に押し掛けられたなど信じたくなどなかった。
そもそも何故それだけの事で此処へ来る必要があるのか。


「一匹だったら何とかなったかもしれないですがね。二匹となるともう…こちらが死にたくなってきます」
「…普通に駆除すればいいだけの話だろう」
「昔咄嗟の判断で奴らを部屋ごと爆破させた事がありますので」
「…………」
「流石にそれは拙いと思って、こうして貴方の部屋へ逃げ込んだ訳です」


そういえばこいつに常識は当て嵌まらないのだった。
成る程、その様な前科があれば今まさにこの行動は正しい判断だったのかもしれない。
キンブリーにとってみれば。
しかしこちらにしてみればまだ爆破して貰った方が幾分マシではないだろうかと思わざるを得ない。
こんな瑣末な面倒事に巻き込まれるなど勘弁して欲しい。
大体こんなブリザードの地にゴキブリなんて生きていられるのか。


「すみませんね。何せ頼れる方なんて此処では貴方くらいですから」


フ、と。
不意に、自嘲染みた笑みを浮かべキンブリーが口を開く。
それに何とも言えない罪悪というか背徳というか、不快な蟠りが胸に残った。
ただの変人だと思っていたし、そう理解していた筈だというのに。
頼りなげな表情がどうしてか放っておく事を私に許してはくれなかった。


「…明日、駆除に向かおう。仕方ないから今日は此処に居るといい」


咄嗟に言葉を紡いだ後に溜息を付いた。
我ながら人の好い事を、と思う。
だが流石にこの氷点下の夜、要塞の中を薄着で過ごさせるのも人として気が引ける。

余程急いで部屋から避難してきたのだろう。
肩を竦めて寒そうに腕を摩るキンブリーに仕方がないので着ていたコートを掛けてやった。


「…………」
「…何だ」
「あ、いえ」


途端驚いた様にキンブリーがこちらを凝視する。
それに少し不愉快を感じてぶっきら棒に問うた。
すると、何を思ったか男は先程とは違う微笑を浮かべコートの裾を小さく掴む。


「存外、優しい方なんですね、貴方」


それを聞いた瞬間、どうしようもない後悔に襲われた。
一体自分は何をやっているんだ。
そう自責する反面、よく分からない照れの様な感情が沸き上がっていて更に自己嫌悪に項垂れた。






























抗えない人
(だからといって何故ベッドの中に入ってきている)
(ベッドが一つしかないのですからこうする他ないでしょう)
(シングルベッドに大の男が二人も寝れる訳がないだろうが!)
(大丈夫ですよ、ほらもう少しくっ付けば何とかなります)
(勘弁してくれ…)







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