鋼*錬

□卑怯極まりない遺言
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スカキン。シリアス、若干ながらの暴力表現注意!










喉元を捕らえた。
いつ殺されるか分からない状況の中、男は不釣り合いな表情を浮かべていた。
ただただ、己れを見て、笑っていた。










「―――殺しますか?」


急所を捕らえられた男は暫くの沈黙の後そう口を開いた。
喉は己れの右手が掴んでいる為に掠れ、囁く様な声しか出ない。
それでも充分聞き取れたその問いに、首を絞める手に更に力が加わった。


「…っか……は…」
「言い残しておく事はないか、紅蓮の錬金術師」


苦悶の息を吐き、呼吸困難故に双眸を細める。
反射的に己れの手を咎める様に伸びる両手。
錬成陳の描かれたその両の掌を危惧し、片方の手を容赦なく叩いて防いだ。
片手のみが己れの右手に重なる。


「祈れ。そして悔い改めろ。貴様が冒したイシュヴァラの神に」
「っあ、いにく、私は……不可知論者、でしてね…」


震える声音でまだ人を食った様な言葉を紡ぐ。
喉が引き攣る感触が掌から伝わる。
それでも未だ微笑を潜めないこの男に焦燥だけが募った。

何故この男は笑う。
自身の命が危ういというのに。
いつ殺されてもおかしくない状況で、何故。
自身の命までも奴の余興の一つだというのか。

不意に、右手から圧力が消えた。
驚いて眼前を凝視すると手を離した国家錬金術師が居た。
抵抗を止めた男に対し思わず愕然とする。
それでも笑い続ける様に目を疑った。


「…いいですよ」


小さく呟く様に紡がれた言葉。
それに目を見開けばまた男は嬉しげに笑う。
青蒼を細め、更に続ける。


「貴方に、殺されるのなら…本望でしょうね」


耳を疑った。
それと同時に理解に苦しんだ。
己れに殺されれば本望だと?
それはイシュヴァール人に対する贖罪なのか。
或いはまだ奴の戯れの範疇なのか。


「……何故だ」
「何故…?」
「何故貴様は、抵抗しない」


口から漏れた純粋な疑問。
紡いだ瞬間に後悔した。
自身でもどうしてそれを訊いたのか分からなかった。

奴は己れの生涯の仇だ。
兄の仇だ。
同胞の仇だ。
イシュヴァラの仇だ。
それなのに何故己れは躊躇っているのか。
他の誰よりも憎い筈の、この男を。


「……一目惚れ、でしたから」
「…………」
「笑えるでしょう…? だから貴方になら、殺されてもいいと思えるんですよ」


さぁ、と。
そうして男は己れを促した。
相変わる事のない微笑を湛えて。

己れの手で死ぬのを望んでいるのなら殺せばいい。
数知れず国家錬金術師を手に掛けてきたのだ。
この男もその一人と思えば何の迷いもない筈なのに。


何故己れは、この男を殺したくないと思っているのか。


気が付けば喉を締め上げていた自身の手の握力は消えていた。
咳込む奴の喘ぎを聞きながらダラリと右手が下がる。
不思議そうに見つめてくる男の視線から逃れる様に思わず目を逸らした。
何故殺さないのか、と問うてくるその眼差しが苦しかった。

思えば己れは毒されていたのかもしれない。
その美し過ぎる微笑に、真っ直ぐ過ぎる青藍の双眸に。
異様な愛を紡ぐこの男に。
殺せないのはつまりはそういう事なのだろう。
己れは、この男を憎みきれていないのだ。


「……スカー…?」


喉を庇う様に摩りながらキンブリーが声を掛けてくる。
それに応える事なく己れは自身の右手を見つめ続けた。
どうせ奴から次に紡がれる言葉は疑問なのだろう。
それこそ己れが答えられるものでもない為、ただただ沈黙だけを保った。

男の右手は、未だ下がったままだった。






























卑怯極まりない遺言
(例えば、己れが奴を手に掛けたとしても)
(救われるのはこの男一人で、己れは生涯報われはしない)







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